愛しい人

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 最近、(ゆう)さんがコソコソしている。  私がアトリエに入るのを嫌がるようになった。  理由を聞いても「散らかっているから」と言うだけ。  ……怪しい。  真面目な結さんが浮気をするとは思えないけど。  目を合わさないのは、やましいことがあるから。  小春日和(こはるびより)の土曜日。  学校が休みの私は結さんの家に遊びに来ていた。  結さんの家は郊外の一軒家。  こぢんまりした庭付きの平屋で一人暮らしをしている。  いつも通り結さんが作ってくれた美味しいお昼を食べたり、絵のことについて話したりして過ごす。  夕方。私は一度、帰るふりをした。  そして少ししてから、忘れ物をしたと嘘をついて結さんの家に戻り、アトリエの扉を開ける。  結さんは大きなキャンバスに絵を描いていた。  私が戻ってきたことに驚いていたけど、すぐに身体で絵を隠す。  その絵か。  それを見られたくなくて、私をアトリエから遠ざけていたのは間違いない。 「なにを描いてたの?」 「……次の個展の作品を」 「見たい」 「駄目だ」 「なんで」 「……まだ完成していない」  いつも描きかけの絵も見せてくれるのに。  ますます怪しい。  少しだけ見える結さんの後ろのキャンバスには長い髪が描かれていて。  モデルは女性だ。   彼が人物画を描いているのを見たことがない。  きっと結さんの特別な誰かだ。  だから私に見せられない。  悲しくて悔しくて涙が零れた。  知らない女の人に嫉妬した。 「何で泣く」 「……結さん嫌い。大嫌い!」 「どうしてそうなる」 「私以外の女の人のこと考えてる!」  結さんはキョトンとしてた。  そして平然と言う。 「私は(れん)以外の人間に興味は無い」 「ウソつき!」 「何を怒っているか分からない」 「その絵!その絵が悪い!」  思い切り指さして言ったら、結さんは申し訳なさそうに背中を丸めた。 「……勝手に描いたからか?」 「別に結さんが何を描いてもいいけど!女の人だけはイヤ!」 「蓮を描くのも駄目なのか?」 「それならいいけど!」  私の言葉を聞いた結さんが安堵(あんど)の表情を見せた。  ……ん?もしかして、その絵……。  結さんが絵の前から身体を退()ける。  そこには制服姿で横たわる私が居た。  本当にまだ描きかけの状態だけど。  私だとわかる。 「どうしても描きたくなって……黙っていて悪かった」  絵の私は実物よりだいぶ美人な気がする。  結さんの目には、私がこう映っていると思うと恥ずかしくなった。  それに……。
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