26人が本棚に入れています
本棚に追加
チロ
「家はどこだね」
「え」
「チロってわんちゃん? 何回も呼んでいたの」
私は喉を震わせた。
「帰らなきゃならんのだろう?」
私は強く頷いた。
「お願いします!」
車が動き出した。
思ったより土地勘があるようで、私の説明に時計屋さんは一度も戸惑う様子が無い。
「犬なんです……。白くてふわふわした、とっても大きな」
「そう。私も犬は大好きよ」
「本当はシロだったらしいんですけど」
──小さなあなたがチロとしか言えなかったから、そのままチロにしちゃった。
そう言った母の笑顔。父も笑っていた。
妹が三歳で、私が小学校の一年生。
その時まで、私達は普通に仲の良い家族だった。
「今日がチロの命日だったんです。今度こそ帰ろうと思ったのに」
喉がつまる。
「チロは、私に会いたくないのかもしれません」
「どうしてそう思うんだね」
ハンドルを握ったまま時計屋さんが言う。
「帰ろうとする度に電車が止まったり天気が悪くなったり。今回はこのザマです。それに」
「それに?」
「チロが死んだ時、私、嘘をついてしまったから」
最初のコメントを投稿しよう!