あの時

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 夫婦は黙って聞いていた。 「それからどうしたと思います?」 「さあ‥‥‥教えて?」 奥さんの笑顔が少しも変わらないことが救いだった。 「猛勉強したんですよ。思ったことをコツコツ続けるのだけは得意だったんで。そうしたら、先生方の覚えがとっても良くなって。 もともと『長女たるもの』って父がうるさい人だったから、私、礼儀も挨拶も完璧だったんです。 で、子供なのにすごいって評判が小さな町であっと言う間に広まって。 最初のうちはも満更じゃなかったと思います」 しばらくは。 「でも私が本当にしたかったことは」 ──お願い。次のテストで絶対に一番を取りたいんだ。だからおうちでお留守番させて? ──ごめん。その三日間って、おばあちゃん()で宿題やってちゃだめ? その代わり、お土産が欲しいな。 「勉強と言えば父は全て納得しました。そういうものかと母も流されてました。妹に至っては、独り占めの遊園地や旅行を存分に楽しんでいたと思います」 やがて。 『なんであの家、英美里(えみり)ちゃんしか連れていかないの?』 『智花(ともか)ちゃんがかわいそうよね』 『勉強したいからお留守番だなんて、子供がそんなこと言うかしら?』 「噂は、家族があわてて私を連れ歩くようになっても手遅れでした」 時計屋さんがワイパーを確認する。 奥さんも笑ってはいなかった。 「(きわ)めつけは高校の時、私は、誰もが疑わなかった進学の道を蹴ったんです。周りには妹を大学に行かせるからと言って」 ご夫婦は、こんな私と関わったことを後悔しているに違いない。 それでも聞いて欲しかったのだ。誰かに。 小さな子供がけっして取り戻せない時間(とき)を奪われたことに、どれほど苦しみ、のたうち回り、引き()られ続けたか。 「子供だった私が時間をかけて、自分の家族に復讐を果たしたんです」
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