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その日の終業後、会社の近くにあるレストランで弘也と待ち合わせた。
夕食時を少し過ぎた21時。
オフィス街に佇む少し古めのレストラン。
店内に2,3組とそこまでお客さんもいない。
家で話してまた土下座でもされて話が向こう主導になってしまう事も考えて、レストランという他の人の目もある環境で話す事にした。
店内に入ると、聞き覚えのある入店音が鳴り、女性の店員さんが案内してくれた。
案内された4人がけのテーブル席に座ると、5分と待たずに弘也が店内に入ってきた。
「仕事お疲れ!いや〜今日は部長に誘われてたんだけどさ、凛子がどうしてもって言うから断ってきたよ!」
別れると決心をすると、こんなにもこの人の話す一言一言に嫌気が指すものなのだろうか?
「凛子何か食べる物頼んだ?」
この状況で食事をするのは流石にどうなの?
貴方のお陰で昼もあまり喉を通らなかったのに。
貴方は平気で食事が出来るのね。
そう言いたかったけど、わざわざそんな事を言うのもはばかれる程に思い知った。
「貴方がそんなにも馬鹿だとは思ってなかった。」
「え?」
「この状況で食事を取ろうと思える貴方の神経を疑う。部長の誘いを断った?私がどうしてもと言うから?無神経にも程があるんじゃない?」
自分の中で何かが切れる音がした途端、いつの間にか言葉が口から出ていた。
真っ直ぐと弘也を見ているけど、一体自分が何を見て何を言っているのか理解するよりも先に口が動いていた。
「ごめん、弘也。私もう貴方と付き合えない。だから別れて欲しいの」
そう言った私の顔が、弘也の後の窓ガラスに反射していた。
無表情で抑揚のない声。
今まで弘也に対してこんな態度を取ったことは1度も無かった。
その所為か、弘也が一瞬たじろいだように見えた。
「いやいや、俺謝ったしさ。この間は別れないってなったじゃん」
「別に…別れないなんて一言も言ってないよ。ここ数日1人になって色々考えてみたけど、今の貴方を見ていて本当に決心が着いた。これ以上貴方と一緒にいるのが嫌になったの。」
「はぁ?そんな事急に言われても困る。大体、たかが喧嘩ぐらいで3日も家空ける奴いるかよ?仮にも同棲してんのによ」
「自分が浮気したお陰でこうなってるのに…たかが喧嘩ぐらいで、か。仮にも同棲してるのに浮気は問題じゃないだね」
突然、宇宙語でも話されているかのような感覚に陥る。
あまりにも言ってる事の意味が分からな過ぎて、私と同じ人間なのだろうかと疑ってしまう。
「なんなんだよさっきから!俺は謝っただろ!そんなに責められて気分わりぃんだけど!」
「普通…謝って済む問題じゃないよね?そもそも浮気したのは弘也なのになんで私が怒鳴られなきゃいけないの?」
「あ"ぁ〜もう、うるっせぇなぁ!分かったよ!別れりゃあいんだろ?!その代わり、同棲解消したら凛子が出ていけよな!」
「出ていくのは弘也の方でしょ?あの家の契約者は私だし、ここ最近家賃どころか生活費だって貰ってないよ?」
「なんなんだよ?!別れろとか家出ていけとか…もういいわ。お前じゃなくても女なんていくらでもいんだよ、ちょっと顔と体が良いから付き合ってやってたのに何つけあがってんだっつーの」
弘也は、荒々しく暴言を吐いたと思ったらその次には、案内してくれた店員さんが置いていったお冷を手に取り、氷水の入ったそのグラスを私めがけて勢いよく掛けた。
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