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いつの間にか私も眠ってしまって、次の日の朝はお互いにバタバタと支度をした。
まだまだ慣れない、通勤の送り迎えの車には春さんと2人で乗り、会社まで向かう。
運転手の平尾さんがいるというのに、春さんは私の手を握って離さなかった。
「1週間、本当に1人で大丈夫?」
会社に着くまでの20分間で、何度聞かれたか分からない。
平尾さんと2人で宥めて落ち着かせるのは、とっても大変だった。
その日の夜に、会社から直接空港に向かい沖縄へと出張に行く為、私は朝の通勤を最後に会う事は叶わなかった。
「凛子さん、今日もお疲れ様でした。暫くは凛子さんだけ送迎になりますが、何か行きたい所だったり時間の変更があったらいつでも言ってくださいね」
春さんの家に帰る為に送って貰っている車内で、平尾さんがそう言った。
「私の事まで気にかけてくださってありがとうございます。春さんの運転手さんなのに、私まで送迎して頂いて本当にすみません…」
「いえいえ、僕は運転するのが好きですし、蒼井さんには凄く助けて貰っているので」
「大学の頃からのお付き合いなんですよね?」
「はい!僕が怪我をして、幼少期から続けていたサッカーが出来なくなった事を医師から告げられたその日に、蒼井さんが声をかけてくれたんです」
後部座席からでも分かる、嬉しそうに話す平尾さん。
続けて思い出話をしてくれた。
「大学もサッカーの特待で入学したので、サッカーを辞めるとなると学費を払っていかなければ大学に通えない状況だったんです。
母子家庭でバイトもしてなくて、学食で200円うどんを食べてた時に蒼井さんが話しかけてくれて…有名な人に話しかけられて舞い上がっちゃって、サッカーの事とか家庭事情とか要らない事まで喋っちゃって」
当時、AOIコーポレーションの御曹司でもある春さんは学内でも有名で、成績優秀で容姿端麗な麗香さんと春さんは特段目立っていたそう。
「そしたらその日の夜に、当時AOIの社長だった蒼井さんのお父様に紹介されたんです。助けてあげられないか、って。
それで、蒼井さんのお父様が学費を払ってくれることになったんですけど、その返済は必要ないって言われてしまって…恩返しの意味も込めて、蒼井さんの運転手として願い出たんです」
「そんな事情があったんですね…全然知らなかったです」
「蒼井さん、そういう話しないですもんね。その学費も蒼井さんがお父様に返済してたらしく、どうにか返そうと思ったんですけど…。
蒼井さんからはその分を貯めて、自分の子供に使ってやれって言って全く受け取ってくれなくて」
平尾さんは、春さんが大切にしている人の内の1人なんだと思うとなんだかとっても嬉しく思える。
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