水の琴

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 六月の第三日曜日、父の日になると、島根県の隠岐の島でウルトラマラソンが開催される。彼が銀婚式祝いを兼ねて参加するようになって今年で九年目になる。  午前五時に百キロの部がスタート。十キロ地点の小川の向こう側に水琴窟(すいきんくつ)がある。前年のレースで彼は森の木立を走りながら、その調べを聞いた。少し走ると視界が開けて一面の野原。雨水が染み込んで水滴となり、ゆっくり落ちて水面で奏でる調べは、悠久の彼方から届く雨音のようである。  彼は今年のレースの前日にレンタサイクルで現地を見学した。橋を渡ると水琴窟の由来が書かれた立て看板もあり有意義な見学になった。  翌日のレースでも水琴の調べを聞いたものの、百キロ完走は果たせなかった。来年こそは完走と期しながら、練習に励むのであった。  翌年、エントリーに手間取り、後半の五十キロの部に参加し、完走したものの、水琴の調べを聞くことが出来なかった。  そのまた翌年、百キロの部にエントリーしたが、例のコロナ騒動で一年延期となり、さらに一年延期となってしまった。  四年ぶりの百キロを間近に控え、彼の鼓動は高鳴るのであった。
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