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困惑して視線をさまよわせると、壁かけのカレンダーが目に入った。そこについた印を見て、ようやく彼女の謎行動に得心がいく。
「ああ、明日って、俺の誕生日か。あー……、別に、何もいりませんけど」
結婚が決まってからの慌ただしさで自分でも忘れていた。手続きや準備などで忙しく、数日前にようやく一息つけるようになったのだ。特別なことなんてする必要ない。
そう言うと、彼女は、突然膝から崩れ落ちた。前触れがなかったので度肝を抜かれた。
「どっ……、どうしたんですか、大丈夫ですかっ!?」
手から滑り落ちたスプーンがチャリーンと音を立てる。
「……やってしまった……!」
「な、なにを……?」
「忘れてしまっていました! ごめんなさい! 記念すべき初めての誕生日なのに!」
楓花は布巾を握りしめて床に突っ伏した。
どうやら俺の誕生日を忘れていたことにだいぶショックを受けているようだ。が、突然倒れられる方が、こっちとしては心臓に悪い。
むしろこの状況で俺の誕生日を祝おうとしていたことに驚いてしまう。
楓花はこの結婚にも、自分が年上であることにも、負い目を感じているふしがあり、理想の妻としての役割を自分に課しているようだった。
「それに……、憧れていたんです。男物の服とか、プレゼント買うの……」
あ、自分の趣味も入っていた。
「かっこいい人の洋服選んで、着せ替えとかしたかったし……」
「……」
後半部分はおいといて。
かっこいいって、俺のことだろうか。
さすがに奥さんに言われると照れる。俺は咳払いをして視線を逸らした。
「あー……、じゃあ、今度の日曜、どっか店行って、服とか選んでくれたらそれで……」
「それじゃダメです!」
立ち上がってまで否定された。
「それは私の願望であって、結真さんのほしいものじゃないし! 真剣に考えて下さい!」
「ご、ごめんなさい」
素直に謝ると、彼女はまた床に倒れ伏した。
「また間違えた……! すみません。私が考えるべきでした……」
そう言ってうずくまり、そのまま動かなくなった。
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