第二百二十三話*《三十四日目》「捕まえて食べるなのね!」

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第二百二十三話*《三十四日目》「捕まえて食べるなのね!」

 ドゥォーンと音がして、マツカサウオが倒れた。  よ、ようやく倒した?  ……にしては、消えないのだけど。 『終わった?』 『……分からん。まだかもしれない』  ピクリとも動かないマツカサウオをキースとふたりでジッと見つめていると……。  内側からうっすらと光が見えてきた? 『ぅにゅ?』 『新作かっ!』 『あのー、キースさん……。その新作というのは?』 『それは後だ。マツカサウオから目を離すな』  あからさまに誤魔化されたのだけど、キースがいうとおり、今はマツカサウオが優先だ。  マツカサウオの内部から放たれている光が段々と強くなってきて、見ていられないほどになった。  手のひらで目を覆って隙間から見ようとしたけれど、白く発光しすぎて見えない。しかも明るすぎて、目がおかしくなりそうだ。目を閉じて視線を逸らす。  まばゆい光はほどなくしておさまった。 『な、なに……?』  何度か瞬きをして、視界を調整した。  まだ視界が白っぽいけれど、見えるようになってきた。 『マツカサウオの上になにかいるな』 『あれは……』  マツカサウオは尻尾がピクピクしているものの、HPはすでにゼロであることは確認している。  その上に誇らしげに乗っている人……いや、よく見ると上半身は人間で、下半身は魚。つまりは──。 『人魚?』 『人魚、だな』 『人魚なのね』  戦闘中は見かけなかったような気がするのだけど、どこからかまたもやコルが現れた。 『人魚を捕まえて、食べるのね!』 『コル?』 『人魚!』  コルが人魚に飛びつこうとしたので捕まえようとしたのだけど、私の反射神経では捕まえられなかった。  けれど、さすがはキース。コルを捕まえてくれた。 『コル、人魚が怯えているだろうが』 『食べるのね!』 『リィナリティさん、あの人魚に『乾燥』をかけてください』  オルドまでおかしなことを言い始めたぞ? 『リィナリティ、魚! 魚!』  フェリスまで! 『ちょっと、どういうこと?』 『マツカサウオが人魚を隠していたのか、食べていたのか』 「──食べられていたの。助けてくれて、ありがとう」  人魚はそれだけいうと、宙を舞って……。 『えっ?』  地面に向かって落ち……た?  いや、人魚が地面に近づくとそこが水面のようにさざなみ、ぽちゃんと音を立てて吸い込まれた。 『あぁ、逃げられたのね!』 『追いかけ──』 『無理!』  ど、どうしちゃったのっ? 『あの、キースさん?』 『……よく分からないが、動物型のNPCが軒並みおかしくなっているな』 『でも、アイは……?』 『後ろでずっとよだれを垂らしてたぞ』  なんと……! 『まぁ、それはともかく。このフロアはクリアしたみたいだな』  ガゴンという音が遠くからしてきたと思ったら、フロア全体が揺れ始めた。 『疲れたな。洗浄屋に戻ろう』 『そう、ですね』  ボスを倒した後はフロア全体が組変わるようで、ダンジョンから弾きだされるようだ。  私たちはその前に『帰還』をした。  『帰還』をして、洗浄屋に戻ったことが分かった後からは記憶がない。  安心して、速攻で寝落ちしたのだろう。  だから、本来であれば夢も見ないほど深い眠りに就いているはず、だった。  のだけど。  なぜか私は見覚えのある場所──洗浄屋の台所に立っていた。  周りを見回しても、だれもいない。  常に引っ付いているイロンもフェリスもいない。  しかもキースもいない。  なんだか初めて洗浄屋に来たときのようだった。 「…………?」  周りにだれもいないのも不思議だけど、私まだフィニメモにログインしてたの?  キョロキョロと見回すと、だれかが台所に入ってきた。 「あれ、クイさん?」  いつものワンピースにエプロン姿のクイさんが無言で台所に入ってきて、私の前に立った。 「リィナリティ」 「クイ……さん……?」 「わたしは今、あなたがクイーンクェと名づけたNPCの見た目を借りています」 「見た目」 「あの難易度の高いダンジョンをクリアしてくださり、ありがとうございます」 「あー……、はい」  ほんと、大変だった……。  実はマツカサウオ戦では数度、死んでいる。  HPを犠牲にする『乾燥・解』は少人数での長期戦には不向きだということは痛いほど分かった。  分かったけれど、今後もそういう場面はいくらでもあるんだろうな……。 「人魚の解放も、ありがとうございます」 「あのぉ」 「なんでしょうか」 「人魚を見たNPCの反応がおかしかったのですけど」 「その件なのですが」 「はい」 「以前、この見た目のNPCがこの世界を浄化して回るのが役目だと伝えたと思いますが」 「──そんなことを言われましたけど」 「けど?」 「具体的には、なにをどうすれば?」  そもそも浄化しろって言われても、漫然と適当な場所を浄化すればいいってわけではないだろうし、だからといって全部の場所をなんていわれても無理だ。 「あなたはまだ『心眼』を取得していませんね」 「……はい」 「『心眼』の取得を目指しながら、『浄化』も行ってください」 「えぇ?」 「なぜ、NPCたちが人魚を襲おうとしていたのか。あなたには見えていなかったのですね」  むー? 「『心眼』があれば、見えていたと?」 「はい」  むむ?  『心眼』を持っているキースはなにも言っていなかったのだけど。 「とにかく、怪しいと感じた場所を『鑑定』して、『浄化』をしてくださいね!」  急に口調が変わり、それだけ伝えられると──クイさんの見た目をしたなにかからぼふんと煙が出た。 「なにっ!」  すぐに煙はおさまったのだけど……。  煙から現れたのは、透明な緑色の羽が生えた、小さな……。 「虫?」 「どこをどう見ても妖精でしょうっ!」 「うーん……。二頭身の、かろうじて人間みたいな見た目だけど緑色の髪、緑色の服、緑色の羽。虫以外のなに?」 「だ・か・ら! 妖精!」  私の中での妖精って、もっとこう、細くてきらきらしていて、こんな緑色ではなくて虹色に輝いていて……。 「とにかく! わたしの見た目はなんでもいいから! いーい? あなた、今からわたしと特訓するわよっ!」 「特訓?」 「そうよ。『心眼』獲得と、『浄化』の範囲を拡大させるためにつかいまくるの! 要するにあれよ、熟練度のアップよ!」  スキルに熟練度があるとまことしやかに囁かれているらしいけど、やはりあるようだ。 「ちなみに、だけど。熟練度が設定されているスキルはエクストラ・スキルだけよ」 「へぇー」 「へぇって、ずいぶんと他人事(ひとごと)だけど、『浄化』がそうなのよ!」 「はぁ」  他人事だと言うけれど、『浄化』がエクストラ・スキルってのを忘れていたってのが大きい。 「ま、いいわ。あなたが取得するまで付き合うわ!」 「えー」 「えー、ではありません! ほら、行くわよっ!」 「行くって、どこに?」 「外に決まっているでしょう!」  そう言って自称・妖精はどこかからだしたやはり緑色の杖を振った。  すると杖の先からキラキラした光が出てきて、目の前の風景が変わった。 「ここは……」 「村長の屋敷よ。まずはここを『鑑定』しまくって、ついでに汚れているから『浄化』しておいて」  いつもは鎧を着ているエルフの門番のお兄さんたちがいない。  門番たちだけではなく、どうも屋敷の中にも、村の中にも人の気配がない。 「ここはどこなの?」 「ディシュ・ガウデーレの影よ」 「影」 「あなたにも分かりやすく説明すると、表の世界が光ならば、ここは太陽に照らされて出来た村の影の部分。ここを『浄化』すれば、本来の光の部分で問題が起きているところが解決するわ」  ということは? 「この影の世界全体を『浄化』しろと?」 「そういうこと。ま、後で元の世界に戻ったときに、光の世界も『浄化』しないと意味がないからね」  良く分からないまま、私は妖精に言われるがままに『鑑定』と『浄化』をしていった。
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