46人が本棚に入れています
本棚に追加
第三十四話*《三日目》逃げるジャガイモ
ぎゃいのぎゃいのとウーヌスとキースがやっている横で、トレースがトマトをもごうとしたところ、やはりトマトに威嚇されていた。
キースはキュウリの件があるからトマトが青くなるのは分かるのだけど、ウーヌス相手だと大人しかったかもしれない。
いや、そこはキースに火に油を注ぐような発言をしたからはっきりとはしないのだけど、大人しかったような気がするのだ。
さて、ここで問題です。
ウーヌスとキース、私とトレースのどこに差があるのでしょうかっ!
十秒以内にお答えください!
…………。
………………。
……………………。
答えは……知らんがな!
すみません! 本当に分からないのですよ!
最初は性別なのかと思ったけど、トレースも威嚇されたことで違うのが分かった。
それでは、種族か?
キースとウーヌスはエルフだ。そこまでなら当たりなのだけど、私もエルフなのだ。そうなると私が威嚇されるのはおかしいとなる。
あと、考えられるのはレベル?
これもなんか違うような気がする。
となると、だ。
防具? 武器?
…………武器かっ!
「ねぇねぇ、トレース」
「なんだ」
「トレースは武器をなにか持ってる?」
「いや、ない。オレは自前の爪と牙で戦うからな」
お、もしかしなくても、ビンゴ?
現にわたくしも武器は持っていませんとも!
えぇ、武器ではない昔のアイロンしかありませんよ!
キースは普段は弓だけど、なぜか大振りの剣を振り回して……って、ちょ、ちょっと! なんでキースとウーヌスが戦ってるのっ?
ねぇ、このゲーム、特定の場所以外はPvPって出来ないはずよね? なのになんで戦えてるの?
あっ! そっか! ウーヌスってNPCだった!
なるほど、だから戦えてるのねっ!
毎回の蛇足だけど、PvPの対になる言葉はPvEになる。environment《エンバイロメント》というのは環境を意味する英単語だ。
PvEのEはてっきりenemy、いわゆる敵という意味だと思っていたけど、違うみたい。
まぁ、要するにざっくり言ってしまえば、プレイヤー以外のあらゆるもの、と認識していれば問題ないと思う。
ちゃんと定義されている説明をするならば、コンピュータ制御された敵、といったところみたい。
ということは、今、キースとウーヌスが戦っているのはPvPではなくてPvEということで……。
キースが大振りで剣を振り下ろしたんだけど、ウーヌスが華麗に避けて……ちょ、ちょっと! 地面がえぐれてるんだけど!
「もうっ! ふたりともっ! 止めなさいっ!」
大声で怒鳴ると、キュウリとトマトが一緒になって威嚇してくる。
もう、なんなのこのカオス空間。
「そんな元気があるのなら、さっさとトマトを狩って!」
あ、ナチュラルにトマトを狩れとか言ってる時点でだいぶフィニメモに毒されてきているかも。
キースとウーヌスはお互いににらみつつ、それでも戦闘は止めて、トマトを狩り始めた。
キースがトマトに近寄ると青くなるのは相変わらずだ。
「キースさん、せっかくの完熟トマトが台無しになるから、あなたはいいわ」
「…………ぉ、ぉぅ」
結局、ウーヌスひとりでトマトを狩った。
そして次は、サングラスをしているというジャガイモだ。
ジャガイモは綺麗に整備された畝に埋められているという。
地上に出ている葉っぱはところどころが枯れているけど、写真で見たことのあるジャガイモ畑と遜色ない。
だけどこの下には、サングラスをかけたジャガイモがいるらしい。
なぜか私の頭の中にはサングラスをしたジャガイモがビーチで寝転がって日焼けをしている姿しか思い浮かばないのだけど、なんでだろう。
あ、あれか!
ニュースで夏になると人で溢れる海水浴場の映像が流れるけど、まるで芋洗いのようですね、みたいなコメントがよくされているから?
だけど、実際の芋洗いなんて見たことなければ、やったこともない。
どうしてこんなことを考えているのかというとですね、現実逃避です。
ジャガイモは上から伸びている葉っぱが枯れ始めたら収穫時期のようなのだけど、だからなのか、土の中に埋まっているはずのジャガイモがまるでモグラたたきゲームのようにヒョコヒョコと頭を出して主張しているのだ。
キュウリとトマトも動いていてどうなのかと思ったけど、今思えばまだかわいげがあった。
……どちらにしても、私はただ野菜たちに翻弄されていただけだけどね。
ジャガイモはチラッチラッと地面から顔を出し、私と視線が合いそうになるとヒュッと土の中に隠れる。
サングラスをしてるから、目が合ったかどうかは知らないけど。
それにしても、あのサングラス、素材はなにで出来てるのだろうか。
チラッと見えたサングラスは緑色をしていたように見えたけど、まさか葉っぱからなんて……。
「……………………」
チラッとジャガイモの頭が見えたので、むんずと捕まえて土から引きずり出してやった。
プチプチっという細い根っこが切れる感触まで忠実に再現されているあたり、フィニメモはいったいどこに向かっているのだろうか。
「…………」
「…………」
私とサングラスをかけたジャガイモは思わず見つめ合ってしまった。
……ジャガイモはサングラスをしているから、本当に見つめ合っていたかは不明だけど。
サングラスは黒くなくて緑色をしていた。やはり葉っぱをサングラスにしているようだ。
葉っぱからサングラスを作っているのはいいのだけど、これ、だれが作ってるの?
それとも、葉っぱが自然とサングラスの形になるのかしら?
ジーッと観察をしていると、シュルシュルとジャガイモの根っこが私の指に絡まった。
「っ!」
私の指に絡まった根っこは器用に指をこじ開けると、ジャガイモがボトッと地面に落ちた。
「あっ!」
落ちたジャガイモはゴロゴロと地面を転がると、またもや土の中へと隠れた。
「アクティブですね」
「サングラスを取らないと先ほどのように逃げますよ」
逃げるジャガイモっていったい……。
それでもまだ、キュウリとトマトのように威嚇をしてこないから、私でも収穫できそうだ。
うん、ここでようやく収穫という言葉が似合う野菜が出てきたよ!
……まぁ、ジャガイモが野菜かどうか、収穫が似合うなんていうのがおかしいなんてことはあるけど、フィニメモでは野菜はバイオレンスな存在なので仕方がない。
ジャガイモの収穫の仕方が分かったので、地上に出ている茎を根本からつかみ、引っこ抜く。土が軟らかいからなのか、そんなに力を入れなくても、ゴロゴロとジャガイモが姿を現した。
私は地面に転がっているジャガイモたちから片っ端に葉っぱのサングラスを取り、ウーヌスから渡された麻の袋にジャガイモを詰めた。
これでようやく、お目当ての野菜の狩りは終わった。
……当たり前のように野菜を狩ったと言っているあたり、私もすっかりフィニメモに毒されてしまったようです。
ジャガイモが入った麻袋は私のインベントリにしまった。
「そういえば」
「なんだ?」
「どうして私とトレースだけ野菜に威嚇されたのでしょうか」
「あぁ、それはですね、刃物を持っているか否かですよ」
「刃物……? それって武器のことを言ってるの?」
「武器とは限りませんよ」
「?」
武器以外の刃物ってなんだろう?
ハサミ? カッター? ペーパーナイフ?
どれも使い方によっては凶器になりかねないものですが。
「料理人はデフォルトで包丁ですし……。って、あっ」
もしかして、洗濯屋と同じく初期のレア職業だったりする?
ウーヌスったら、おもらししちゃったのね。運営から怒られなければいいね?
「それなら」
キースは腰にぶら下げていた袋に手を入れると、なにかを取り出した。
「リィナ、これをやるよ」
そう言って渡されたのは、柄が藍色で、ケースも同じ色の……これはナイフ?
「それは自然と刃が濡れて表面を洗ってくれて切りにくくなるのを防いでくれるナイフだ」
「あれに出てくる刀と一緒だ!」
「さと……」
「はいはい、村雨丸、村雨丸」
キースから気軽に渡されたのだけど、もしかしなくてもこれって高いものではないの?
「気軽にポンッと渡されたけど、これってむっちゃ高いヤツじゃないの?」
「宝箱に入っていたから、気にするな」
「いやいやいや、それなら余計に気になりますけどっ!」
「だったら、なにか代わりにオレにくれればいい」
そう言われましても。
「リィナさん、その男にちょうどよいものを持っているではないですか」
「……なに?」
ウーヌスからそう言われても、私しか持っていないものってなにもないと……。
「もしかして、これ?」
私はインベントリから白い板と青い布を取り出した。
「そうです、それです。リィナさんが初めてアイロンを掛けた白い布と青い布です」
こんなものでいいの?
「キースさん、こんなのでもいい?」
「充分過ぎるくらいだ。いやむしろ、今度はオレがもらいすぎになる」
キースは恭しく二つを受け取ると、大切そうに胸ポケットにしまっていた。
あれ、インベントリではないのね。
最初のコメントを投稿しよう!