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《一日目》木曜日 *正式サービス開始 第一話*紅髪エルフ、爆誕!
私には、陸松楓真という名前の一つ年下の弟がいる。
弟とは言っても、年子だし、楓真はしっかり者なのとうまれた時から大きかったこともあり、どちらかというと私の方が妹とみられることが多い。
それもあるが、楓真は要領がよいのもあり、勉強もスポーツもなんでもこなせた。しかも身内のひいき目もあるけれど、見た目も性格も結構いいと思うのだ。だけどそんな楓真にも苦手なものがあって、それは裁縫だ。……とはいえ、これだけの超人なのだから、ひとつくらい苦手なものがあっても問題ないと思うのだ。
そんな優秀な弟を持つと、姉としては複雑なのかもしれないけれど、両親は私たちを比べることもなかったこともあるし、私の性格もあるからなのか、楓真、すごい! と思うことはあるけれど、羨ましいとかそういうのはなかった。というかだ、次元が違いすぎて、そんな感情も浮かんでこない。
そんな弟なので、入社して二年目なのに、海外に行ってこいと言われたらしい。
楓真はギリギリまで悩んでいたようだけど、せっかくのチャンスだからと受けることにした。
私が知る限りでは、今の楓真には彼女はいないはずだ。だからそれ以外でなんでそんなにも悩んだのかと思って聞いてみると……。
「超話題の新作VRMMOのサービスが始まるのに……」
「え、それで海外勤務なんてエリートコースを断ろうとしてたの?」
私の質問に、楓真はむすっとした表情でうなずいた。
えええ、そんなこと、信じられないんですけど!
「莉那からするとそうかもしれないけど、俺としては重要なことなんだよ!」
楓真はその要領の良さから、ゲーマーの間ではかなり知られている存在である。色んなゲームの攻略動画を上げていて、フォロワーも多い。
そういえば楓真が彼女に振られた理由が『ゲームばかりで構ってくれないから』だった。
彼女さんの気持ちも分からないでもないし、楓真のことも分かるから、なんともコメントがしがたい。
……というのはまあいいとして。
「で、莉那。せっかくそろえたVR機器なんだが、海外への持ち出しができなくってさ」
「そうなの?」
「最新鋭だからダメって話」
「へー……」
私も楓真の影響でゲームをやるけど、やるのはもっぱら据え置き型かポータブル型でできるようなゲームしかやらない。ゲームのジャンルはというと、アクションゲームやFPSは苦手だからやらないけど、それ以外はかなりの雑食だと思う。
「それに、海外に持って行けたとしても、フィニメモは日本国内限定だから無理なんだよな……」
「……フィニメモ?」
「『生きることは戦うことだ』がキャッチコピーの……」
「あー……、あれかぁ」
楓真のその言葉に、そういえばそのゲームのプレイ動画をあげていたなと思い出した。
グラフィックはかなり綺麗で、本物と間違いそうなくらいでいいなぁと思ったのだけど、VRMMOと聞いて、諦めた。VRはだいぶ普及してきたとはいえ、機器はまだかなり高い。下手するとそれなりのスペックのパソコンが二・三台買えてしまう。それに、そのお金があれば、何本のゲームソフトが買えるのか……。
さらには、楓真のプレイ動画を見て、かなり無理だと分かったのだ。
だって、楓真のプレイ動画が超絶だったのだ。
なにがって、戦闘なんて見ててなにしているのかさっぱり分からないくらいの速さで進むし、パーティでの連携やら、なんというか、運動神経は人並みの私ではとてもではないけど無理な動きをしていた。
「──でだ」
「うん?」
「VR機器を貸すから、俺の代わりにフィニメモをやってくれないか?」
「へっ?」
楓真の思いもよらない言葉に、私は目を点にした。
「VR、やってみたかったんだろう?」
「……うん、まぁ、ね」
「俺のやつ、二人まで登録できるやつだからさ」
VR機器は基本、一台につき一人までしか登録できない。私には詳しいことはさっぱり分からないけど、簡単に言えば生体認証が云々という話らしい。
「さすがにヘルメットは莉那用にしないとだけど、それは俺が準備するから問題ない」
楓真は私が断るわけがないと言わんばかりに話を進めていく。
やってみたいのは確かだけど、私にあんな超絶プレイなんてできるのだろうか。
「莉那がなにを心配してるのか分かるけど、フィニメモは生産もかなりすごいぞ」
「生産……」
たまにほのぼの回とかいって、ゲーム内の料理やプレイヤーメイドの武器や防具の紹介をしているのがあった。あちらもかなりの再生数があったはずだ。
「俺はそういうの面倒だからやんなかったけど、実は紹介動画の方が再生数が多かったんだよな」
「そうなんだ」
私がゲームをやるとき、戦闘はどちらかというと素材集めのおまけだったから、生産もあるのならやってみたい。
「ということで、だ」
楓真は時計を確認すると、立ち上がった。
「俺が海外勤務から帰ってきたら、一緒に遊ぼうぜ。じゃ、また連絡する!」
そう言うと、楓真はなぜか私にウインクをして去っていった。
わが弟ながら、そういうところはチャラいと思う。現に、店内の女性客の一部は小さな声で黄色い声を上げていたくらいなのだ。
なんか視線が痛いけど、これもいつものことなので気にしない。
それにしても、久しぶりに会わないかと言われたと思ったら、そういうことだったのか。
「それにしても……VRかぁ……」
私は実感がないまま、そう呟いてすっかり冷め切ったロイヤルミルクティを飲み干した。
それからそれほど経つことなく、楓真からVR機器一式と海外に持って行かない私物が送られて来た。
楓真は社会人になってすぐに一人暮らしを始めたけれど、私は手取りの関係もあって未だに実家暮らしだ。
VR機器が来ることは分かっていたから、自室の模様替えは済んでいる。
最初、空き部屋を使おうと思ったのだけど荷物がごちゃごちゃと置かれていたので諦めた。
あとは楓真の部屋を使おうかと思ったが、送られてきた荷物を入れたらいっぱいになったので自室に置くことにした。
ベッドの横にVR機器一式をセッティングしてみたのだけど……。
分かっていたことだけど、ベッドと同じ大きさだ。これでは人を呼ぶことができない。
後は部屋の扉が洋風のドアではなくて、引き戸型だったのは幸いだ。そうでなければ、ドアの開け閉めができなくなってしまう。
それでも、楓真いわく、かなり小型になったらしい。発売当初のVR機器は一部屋必要だったというから、それを思えばこれでも小さくなったのだろう。
椅子型のVR機器もあるらしいのだけど、あれは映画鑑賞用だという。あとは、ゲームという特性上、椅子だと色々と不都合があるというのだ。特にRPG系だとゲームの中で動くため、椅子だと下手すると転げ落ちる可能性があるという。なるほどな、と思った。
楓真からいきなりフィニメモをやるのは大変だろうからと、慣れるためにやってみるといいと言われたゲームをやってみた。
それはスタンドアローン型のゲームではあったけど、楓真が勧めてきただけあって、かなり面白かった。
据え置き機などのRPGは三人称視点だけど、VRという特性を使って、ゲーム内の主人公を操るというより、本人になってというのが確かに慣れるまでは大変かもしれない。
だけど、慣れてしまうと臨場感は据え置き機のそれとはまったく違って、かなりリアリティがある。VRにはまる人が続出というのがよく分かった。
そうこうしているうちに、フィニス・メモリアの正式サービスが開始となった。
フィニス・メモリアの正式サービスの開始日は、平日だった。だけど私は有給を取得していたのだ!
ダメ社会人と呼ばれてもいい! 私はそれほどにまで楽しみにしていたのだ。
サービス開始が木曜日で、金曜日も休みを取っているから、心置きなく楽しめる。
そしてなによりも、実家暮らしなのだ。リアルの生活に関してはなんの憂いもない。
ゲーム情報は、最低限、知っておかなければならないだろうという情報しか仕入れてない。というのも、データ量が膨大すぎなのと、β版と正式版ではかなり内容が違うというのが事前情報だ。今、フィニメモで検索をすると出てくるのはβテストのことばかりだ。
だから私の知識は、公式に書かれていることと、楓真から聞いていた序盤に絶対にしておけということくらいだ。それと楓真があげていたプレイ動画だ。
この手のゲームでよくある種族は、人間、エルフ、ダークエルフと、あとはごった煮状態の亜人という区分けだった。亜人にはケモ耳もいれば、半魚人やドワーフなども含まれるというのだから、ごった煮というのは間違っていない。ただ、運営、仕事しろ、と思ったのは内緒だ。
私が選んだのは、やはりファンタジーといえばエルフ! ってことで、エルフにした。楓真もエルフにしたと言っていたので、やはり姉弟ということもあり、合わせたのもある。
VRのキャラクターデータは、基本は本人をスキャンして作られるため、性別はプレイする人に依存する。身長などもそうであるが、一応、種族補正というのもあるため、そこは調整が入る。
女性エルフは基本は髪が長いのだけど、攻略を進めて行くとマントが装備できるようになるらしいのだが、マントを羽織るとなんだか髪の毛がちょっと残念なことになると楓真から聞いていた。
先のエリアに行くと散髪などのキャラクターの外観を変更することもできるけど、βテストの時はまだ実装されていなかったし、サービス開始で追加や変更された事柄というのを見ていると、外見変更は課金しなければならないと書かれてあった。別に課金をしてもいいけれど、事前に分かっているのなら、マントを羽織っても影響のない髪型にしておいた方がよさそうだ。
ということで、ボブカットにしておいた。
リアルも似たような髪型なので、ゲームの中ではストレートのロングと思ったけど、結局はリアルに寄ってしまうという結果に。その方が違和感がなくてよいのかもしれないけれど、逆にゲームと現実と混同してしまいそうでちょっとだけ怖い。
それならば髪の色と瞳の色をリアルではあり得ない色にしてしまえばいいと思い立ち、一番インパクトがありそうな紅色にしてみた。
システムメッセージがこれでよろしいですか的なことを聞いてきたので、私はうなずいた。
すると視界が真っ黒になり……。
耳元で音楽が聞こえてきた。ハープが奏でる曲は聞き覚えがあるのだけど、なんだか分からなかった。
しばらく聞いて、それがなにか分かった。そうだ、これはフィニメモのテーマ曲だ。前に聞いたのは壮大なオーケストラバージョンだったのと、アレンジされていて分からなかったのだ。
耳に心地よいけれど、どこか哀愁を感じさせるその曲を聴いていると、目の前に文字が浮かんできた。
Alea iacta est──賽は投げられた
それは、ラテン語の警句だった。
たぶん一番有名なのは、「メメント・モリ」だと思う。芸術作品のモチーフによく使われるそれは、「死を忘ることなかれ」という意味だという。
そして次に現れたのは、
Disce gaudere.──楽しむことを学べ
なるほど、なかなかに奥が深い。
そして、最後に現れたのは……。
Vivere est militare.──生きることは戦うことだ
そう、このゲームのキャッチコピーだった。
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