ハロウィンの悪夢

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ハロウィンの悪夢

 それは十月三十一日のハロウィン当日に、新宿駅にほど近い喫茶店より始まった。 私はコーヒーを飲みながら、エロい作品ばかり撮るAV監督と打ち合わせをしていた。 「タイトルは『ハロウィンの悪夢・拉致、監禁そして〇〇〇!!』だ。その〇〇に何が入るかはお楽しみだ」 「別に……、楽しみに待っているつもりなんかないんだけど」 今日もご機嫌斜めの私。何時もの憂鬱な撮影だからだ。 その度に宥めすかす監督はお疲れ模様。それでも恒例の月一撮影会を実施する。 でも今日は様子が違う。何かが引っ掛かる。 「何かあった?」 取り敢えず聞いてみた。 「いや、何もない。ただカメラマンが違うだけだ」 「えっ!? 彼何か悪いことしたの?」 「いや、何もしてないよ。お前さんはお気に入りみたいだったけど、心機一転したいからアルバイトを頼んだんだ」 「えっ、アルバイト」 私はその時、もう既に警戒を始めていたのかも知れない。  監督だってきっと、こんな仕事はやりたくないはずなのだ。元々報道関係では名前が通っていた人なのだから。 人伝に聞いた話では、ヤラセ番組の責任を取らされた上で追放されたらしいのだ。 仕事を甘くみた監督が、貯めてあった映像でいい加減な番組を製作したそうだ。 でもそれは仕組まれたとの噂もあった。 どっちが本当なのかなんて問題じゃない。 私には、これから先もずっと付き合っていかなければならない仕事上のパートナーなのだから。 本当はやりたくもない仕事だけど、監督も辛いんだと思うようにしたんだ。 監督が責任を取らされた経緯は想像もつかない。でも、時々私を見る目が気になる。 優しくなったり厳しくなったりして本当に掴み所のない人だった。  「言うこと聞いてジーンズか? 偉いな。いいか、今回のは今までのとは違い、拉致から始まりすぐに目隠しだ」 「えっ、目隠し!? やだ。絶対にやだ。だって何をされるか解ったもんじゃない……」 監督のムチャな注文に躊躇する。 幾らエロいやつばかり撮るからって言っても、目隠しだけはされていなかったのだ。 私はバック専門だった。本当はやりたくもないAVの仕事だから、不貞腐れているからだ。  監督はそれでも私に遣らせるんだ。 安全日を選んで…… 「だから、判るだろ。今度の俳優が、絶対に顔を見せたくないんだそうだ」 「でも、だからって目隠しされたままで終わるなんて……、私に顔を見せたくないって言うことは、知り合いだと思うんだけど」 「だから、判ってくれよ。俺の立場も解るだろ?」 (監督の立場って? どうせお金でも貰って……) 私はそう思っていた。 体のいい売春だって噂もあるくらいなのだ。  監督の映像は全てがモザイク処理されていた。素人に遣らせていると印象を付けるためらしい。実際にそうなのかは解らない。 だから私は、監督のいい金蔓だと噂されているそうだ。 私がAVを遣らされているのは、親が作った借金のためだ。どんなにそれが悔しいかみんな知りもしないで…… 私は自分の運命を恨みながら、嫌で嫌で仕方ない撮影におよんでいたのだ。  「だっておかしいでしょう? 私を脱がせたいなら……、どうしてデニムなの?」 (絶対に何かがある? グラビアなら判るけど……、だって普段の監督の撮影ならデニムなんて絶対履かせない。さっさと脱がせて終了だから……。監督は長いことと、難しいことが嫌いなんだ。あの時だって自分から『俺は気が短いんだ』って言っていし) そんな想像をしながら、コーヒーをすする。 そんな場面を監督はポラで何枚か撮影していた。 「それも、彼方さんの希望だ。どうやら手こずりたいらしいんだな」 「手こずりたい? 普通じゃ考えられないけど」 「それだけ、お前さんにぞっこんだったことだよ。一度遣らせてくれってお願いされたからにゃ、使ってやらない訳がない」 「あら、随分義理堅いんですね。私にも、それくらい気を配ってくれてもいいのに」 「お前さんらしくないぞ。これクルーに配っておくから、このまま来てくれよ。東口のイベント広場にあるライオンの前に一時間後だ。忘れないで来いよ。俺は先に例のスタジオで準備しているから」 監督はそう言うと、冷めたコーヒーを一気に飲んだ後、テーブルに千円置いて出ていった。 (えー、又彼処。私、彼処嫌い) 私はもうその時に、あのことを思い出していたのかも知れない。  (えーっと、最初に拉致されて、それからすぐに目隠しか) 本当は物凄く気が重い。それには理由があった。 何時もなら、私を見守ってくれるカメラマンが居ないってこと。 私のようなAV女優を、何時も裏から支えてくれる専属のカメラマンが居ない事実が重くのし掛かっていたのだ。  彼なら、私が嫌がることは絶対にさせない。 身体の関係を求めるとか、そう言うのじゃない。 ま、一度だけやられたことはあったけど本当は優しい人なんだ。 常に私を気遣い、監督にも意見してくれる。 私がこうしてこの業界で生きて来られたのは、全て彼が手を回してくれているからと聞いている。 身体や肌を触れ合わせる撮影はAVなら当然のことだ。 普通の撮影ならスキンを使う。でも監督は安全日を理由に使わせてくれない。だから、エイズ何かが移らない処置が大切なのだ。 性病予防には、スキンが一番有効らしい。 でも監督が使用させてくれないから、内緒で婦人科に連れて行ってくれた。  今は殆ど使われなくなった女性専用の避妊具がある。 男性側からは気付かれ難いそうだ。 何故そんなことを彼が知っているかは判らない。それだけ、女性経験が豊富なんだと勝手に思っていた。 彼に遣られた時、初めは強引だった。 でも、途中で急にゆっくりになった。私を堪能しているのだと気付いた。その時、あまりの心地良さにイキそうになった。 彼に犯されているはずなのに……  産婦人科医は、内径や大きさを測ってからドーム型のそれを用意してくれた。 撮影前に装置して八時間以上置いてから撤去する。 二十四時間以上付けっぱなしにしておくと皮膚が炎症を起こすそうだ。 勿論、スキンがベストだと解っている。 でもそれが、その時点で出来る最大の有効策だったんだ。 『絶対に他言無用だ。もし監督が知ったらたたじゃ済まなくなる。いいか、これは全て貴女の体を守るためなんだからな。俺も、病気を貰わないように配慮はするけど……』 彼はそう言ってくれた。 だから私はこうして、この業界で生きてこられたのだった。 本当はあんな監督の元で長らえたくもになかったけどね。 あの撮影で出会った頃は大学生で、アルバイトに明け暮れていた。 だから手入れの楽なショートヘアー一辺倒だったんだ。  でも、指定された新宿駅東口の前にあるイベント広場に行って驚いた。 待ち合わせた場所奥の方で、四人の男性が少女を拉致していたのだ。 それらの人達は撮影クルーだと思われた。 一人の男性が撮影機材を構えていたからそう思ったのだ。その人は拉致現場を撮影していた。  私はその時、撮影には何時も同行していたカメラマンを思い出していた。 (何処と無くだけどさっきのカメラマンに似ているな? うん。きっとアルバイトかなんかだ。あれっアルバイト? 監督もアルバイトを使うとか言ってた……。あれっ、確か私も拉致から始まるはずだったわよね?) 監督は確かに、新宿駅東口前のイベント広場にあるライオン像の横だと言っていた。 (違う、違う。あの人達はきっと別なクルーなんだ) 不安を打ち消そうとしてか、そんなことを思っていた矢先だった。 「みさとが! みさとがー!」 私の後方で誰かが叫んでいた。 「えっ!? あの子の知り合いですか?」 私は思わずその青年に声を掛けていた。 「あぁ、俺の妹だ。今日田舎から出てきたばかりなんだ」 彼は一旦息を突いた。 「新宿を案内した後で結婚を前提で付き合っている恋人に会わせるつもりだったんだ。彼女とはなかなか逢えないけどやっと……、だから彼処で待ち合わせしていたんだ。何で、何でなんだ?」 その男性は、頭を抱えて地面に崩れ落ちた。 「もしかしたら私と間違えたのかも知れない。早く追いかけて!!」 (早く追ってと言っても直ぐにタクシーは捕まらないだろうし……) 私は取り乱した男性の前で途方に暮れていた。  その時。男性の隣にいた人が、近くに止めてあったバイクに股がった。 「私と間違えたの。早く追って!!」 男性の背後から声を掛けると、解った印のように手を振ってくれた。 (あっ、そうだ彼女。確か私と同じような服を着ていた。間違いない。私と間違われたんだ) でもその後で気付いた。彼女の髪型がショートだと言うことに…… 「妹さん、何時もショートヘアなんですか?」 「はい。俺が田舎に居た時は何時もあんな感じでした。だから一目で解ったのに……」 (何で? もし本当に私と間違えたのなら、何でショートヘアーの彼女が……。さっき監督はポラを何枚か撮っていた。だったらなんで彼女なの? 私はロングヘアーなのに)  「俺がこんな場で兄貴と話していたばかりに」 その人は溜め息混じりに、バイクの男性の追い掛け行った方向を見ていた。 (そうか。あのバイクの男性、彼女のお兄さんだったのか) 私は何故かホッとした。バイクの男性が彼女のお兄さんだからではない。監督の言葉を思い出したからだった。 (監督は、手こずりたいからだ私に言った。だとしたら間に合うかも知れない。田舎から出て来たばかりの彼女を、私と同じような目に合わせたくない) 私の思いはそれだけだった。  「もしかしたら妹さん今日が初めての新宿?」 「いや、東京自体が初めてなんだよ」 「えっ、だったら余計心配だよね。きっと彼処だと思うんだ。良かったら一緒に行かない?」 一瞬、ヤバイと思った。何が、だったら余計心配だよねだ。 目の前で妹が拉致されて心配しない人なんていないに…… 「はい。よろしくお願いします」 でも、男性はそう言ってくれた。 「きっと彼処。絶体に彼処だ」 私はそう言いながら、男性の手を取って走り出した。  カメラマンを変えったて聞いた時から悪い予感がしていた。 彼なら…… 私のことを知り尽くした彼なら、こんな間違い決して起こさない。 彼とは八年間。同じアパートの隣で暮らしてきた。何時も一緒仕事をしてきたからだ。 何故カメラマンを変えたの? 今の私があの子と違うヘアスタイルだってこと知らない訳がないのに…… (えっ、今何て思った? ヘアースタイルが違うって? 一体何時の話?) 私は、その時から何かを感じていたようだ。  (監督のバカ。何で彼処に行ったの? 何で此処に居なかったの? アンタのせいであの娘に何かあったら……、今度こそ許さない。絶体に許さない!!) 体が震え頭に血が上る。早くしないと彼女が、田舎から出てきたばかりの彼女が犯される。 私と間違われたってことだけで、彼女の一生が奪われる。 (私は確かに安全日だ。でも彼女は違う!! 全部私のせい? あの監督ならそう言い兼ねない) 私は物凄く取り乱していた。 彼女のお兄さんと繋いだ手に力が入る。 私を許して……、監督の命令に従う私を許して……。 でも、そうしないと私は生きて来られなかった。 私は又生き抜くための言い訳をしていた。
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