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陰謀
「講師、一つ質問させてください。読者モデルの仕事は色々お金が掛かると聞いています。手っ取り早く稼げる場所教えてください」
「えっ、一体どんな仕事をやりたいの? 例えば風俗とか? 経験はない無いけど、彼処は大変だって聞くけど」
「そう言うのじゃなくて……、実は私ヴァージンなんです。ロクでもない男に遣られるくらいなら、アナタみたいに売りたいんです。処女をお金にした、A、V、女優の橘遥さん」
「えっ!?」
私は絶句した。
「あ、橘遥って、あの橘遥? 処女を売るっヤツの?」
「えっー!?」
「そうよ。この人はモデルなんかじゃないわよ。バック専門で遣らせて売春していたって噂のAV女優よ。そうだったわよね?」
「そんな人使ってお金を取ろうなんて、この事務所も大した所じゃないわね」
「お金をなんて……」
社長は好意で無料のレッスンを開催している。料金など戴いていないはずだった。
「アンタ達全員失格!! モデルの資格無くなったわ」
会議室の外で様子を見ていたのだろう。
社長の突然の乱入に、その場にいた全員が魚籠ついていた。
「社長ダメです!!」
そう言ったのは彼だった。
「どうせ何処かの回し者だと思います。何処のモデル事務所から来んだ? それに、今日のレッスンにお金を払ったか?」
皆、彼の質問に首を振った。
「君は一体レッスン料に幾らくらい払っているんだい。俺の調べた限りでは、百万円から五十万円が相場だったよ。でも、社長は無料でやると決めたんだ。それを潰すなんて……、本当に汚い事務所だな。きっと君は使い捨てにされるだけだよ」
「えっ、此処無料だったんですか? 私達は授業料半額にしてやるから潰して来いと言われて……」
「何言ってるんだい。最初に説明しただろう? もしかしたら、誰かの代わりに来たのか?」
「はい。友人が二人、此処に来たのがバレて……クビにされたんです。事務所から代わりに行って仇を打って来いと言われました」
「私達は此処のせいでクビにされたと思い込んでました」
「きっと中堅事務所かな? 商売上がったりと思ったみたいね」
「あわよくば全員、此処に集まったモデル達を事務所に引き抜ける訳ですから」
「えっー、そう言うことか?」
「だろうと思います」
彼は機転を利かせてその場を纏めてくれた。
「えっー、その事務所汚ーい」
「此処を辞めさせて……。引き抜くつもりだったのかな?」
「そんな……。もし此処を辞めて其処に入ったら……」
「きっとお金を取る気だね。新人となると、あれこれ係るから、マネージャーさんの言うように、百万円くらいかな?」
そんな会話が聴こえている。何とかなった。そう思った。
「きっと私がやっていることが腹立たしかったのかな?」
「もし、事務所を辞めるなんて言われたら……、お金が入って来ない。そんなとこだったんだと思います」
「えっー。だったら私達は騙さたってことかな?」
「きっとその辞めさせられたと言う仲間は……。勘ですが、辞めていないと思いますが……。もし最悪そうだったとしたら、違約金として全額没取で事務所だけが儲ける気だったのかな?」
「どっちにしても、事務所が儲ける仕組みね。ありがとう、皆納得した?」
「はい、勉強になりました」
皆理解してくれたようだ。
「これで大丈夫だろう」
私の耳元でそっと呟く。それは彼の直感だった。
彼は監督の元で……
私を守ろうとして、お客様を危険人物か否かを見極めてくれたのだ。
それでも私は動けなくなっていた。
処女を売る。その言葉が心を大きく呑み込んでいた。
『実は私ヴァージンなんです』
さっきのあの言葉が引っ掛かる。
「あっー!?」
私は何かを思い出してその場に踞った。
『君は幼い顔しているね。本当に大学生か?』
『はい。証拠はその学生証のコピーです』
あれは何処かで……
何時か受けたCMのオーディション。
私は幼い顔にコンプレックスを感じた。
体つきだけは大人だ。でも中味がない。
そう言われた気がした。
『まだ未成年ですが、これでも立派な大人です』
アルバイト感覚でモデルをしていた私だったけど、何時になく興奮してしまっていたのだ。
『それは、男性経験だけは豊富だって言っているようなものだよ。実際どうなの?』
『いえ……それは。すいません実は……、私まだヴァージンなんです』
つい……、言っていた。
何故、あんなこと言ってしまったのか解らない。
きっと、契約金が高いから楽出来る。とでも思っていたのだろう。
実際、私はそれでそのCMに起用されたのだ。勿論脇役だったけど。
その会場に……
監督が居たのを思い出してしまったのだった。
ヴァージンを売り込んだのは、結局は自分だったのだ。
監督はきっとその時のことを覚えていたのだろう。
「社長、すいません」
私はそう言い残して会議室を後にした。
後から後から、涙が溢れて来る。
今更後悔したって何にもならない。そんなこと判っていた。
パウダールームで泣いていると、何時の間にか社長の姿が鏡に写し出されていた。
「社長……、何時から其処に?」
「会議室で彼が待っているわよ。さあ、何も考えず飛び込んで来て……」
「でも皆いるから……」
「さっき、一応閉めたでしょ? 大丈夫。誰も居ないわよ」
社長声に釣られて、私はさっきまでいた会議室を目指した。
「遅いぞ」
敢えて、ぶっきらぼうに言う彼。
私は何も考えず、抱き付いていた。
どちらともなく唇を求める。
――ガチャ!
その時、シャッターが切られた。
「其処で何やってるの?」
そう言ったのは社長だった。
「今隠したスマホ出して」
社長が許可を取ってから画像を消去した。
「どうして? どうして私達の写真を撮ったの?」
「きっと売れるから」
「売れるって、何処に?」
「例えば週刊誌。タレントとマネージャーのキスなんてありきたりだけどね」
その人は悪びれる様子をなく、平然と言った。
「あ、ははは」
突然社長が笑った。
「馬鹿ねアンタ。この男性をスタッフと間違えたの? この男性は橘遥の恋人よ。物凄い大恋愛の末に結ばれた二人よ。そんな二人を窮地に追い込もうなんて……、例え二人が許しても私が許さない」
社長は啖呵を切った。
「へぇー。橘遥に恋人ねえ。これは売れるわ」
その言葉にムカついた社長が手を上げようとしたところを彼が征した。
「ダメです社長。いいか? 俺のことは何てリークしたっていい。でも彼女ことをいい加減に喋ったらたたじゃ済ませない」
彼は女性を睨みつけた。
「ごめんなさい。私が巻き込んだから、今の貴女にはこんな手伝いより……」
「愛する彼と……、ですか? 橘遥さんって確か孤児でしたよね?」
「孤児?」
「確か施設出身でしたよね?」
「だからって孤児と決まった訳じゃないでしょ?」
「あー、そうだった彼女は……」
彼は何かを思い出したようだった。
「仕事が一段落着いたら、両親に会ってくれないか? 確かめたいことがあるんだ」
彼は突然言い出した。
「何を?」
「行ってみないと解らないんだ。母なら何かが判る気がする」
「一体何だろう?」
私は首を傾げた。
「俺の恋人……じゃあない、結婚を前提で付き合っていることを打ち明けに行くんだ」
「えっ、結婚?」
私は狼狽えた。元AV女優を家族は受け入れてはくれないだろう。いくら私が彼を愛していても。彼が私を愛してくれていても。そう思っていた。
「俺は貴女を幸せにしたいんだ。あっ、違った。俺が幸せになりたいだけだった。駄目だ。まだまだ優柔不断な男だな」
でも彼は本気みたいだった。私を結婚相手として紹介する気なのだ。
「一段落何て言わないですぐに向かったら?」
社長が言う。
でも彼は首を振った。
「その前にやることがあるんだ。それが済んだら一緒に行ってほしいんだ」
「うん、いいよ。私のような者を貴方のご両親がどう思うか本当は心配で怖いけど、私も貴方の傍で暮らしたい」
私は泣きながら彼の胸にすがった。心が決まった訳ではない。でも彼と離れがたかったのだ。
実は彼はあの日。
私が以前所属していた事務所へ向かう前にある場所へ寄っていたようなのだ。
それが何処なのかは解らない。でも、其処で何かを得たようだ。
「貴女が何を企てようとこの二人は魚籠ともしないわよ。深い処で繋がっているの」
社長はそう言いながら笑っていた。
「やっぱり訴えよう」
社長が彼女に引頭を渡して帰した後で彼が言った。
「監督を訴えるの? やっと決意したね?」
社長は嬉しそうだった。
でも私は躊躇していた。
「勿論即OKよね」
社長の問い掛けに仕方無く頷いた。
暴行罪も窃盗罪も詐欺罪も時効だった。
だから訴えるなら、神野海翔、みさと夫婦に協力してもらうしかないのだ。
出来れば、みさとさんには迷惑を掛けたくなかった。
やっと幸せになれた彼女を巻き込みたくなかった。
彼女は今まで苦しんできた。
愛してはいけない人を愛したと思い込んでしまっていたから……
兄であるはずの海翔さんを愛してしまったからだ。
社長と出会った時に新宿駅西口にいたのは、海翔さんの働いている歌舞伎町に続くガードがその先にあると聞いていたからなのだ。
本当は東口前にあるスタジオでタレントの出待ちするために足を伸ばした訳ではないのだ。
でも未成年の彼女はお店に入れない。
判っていたのに彼女は其処にいたのだ。
恋しい海翔さんの姿を求めて……
兄ではない、恋人の海翔さんを……
イトコだと判明したクリスマスの日に、結婚を申し込んだ海翔さん。
その日の内に届けを出し結婚した。
海翔さんは田舎に戻り中古の船を譲り受け、漁師になった。
でも、監督達に拉致されたことによってパニック傷害を起こしたみさとさんを抱き締めながら癒し続けた。
そして、やっとの思いで結ばれたたのだ。
だから……
もう苦しめたくない。
みさとさんを騒動に巻き込みたくない。
私の思いはそれだけだった。
社長から海翔さんの電話番号を聞いて連絡しても繋がらなかった。
「きっと今頃沖合いで格闘中なのよ」
「底引き網だって聞きましたが?」
仕方無くSMSでメールをする彼。
でも結局送信出来なかった。
どうやらスマホからガラケーはSMS出来ないらしいのだ。
海翔さんは歌舞伎町のホストだった。
形に拘るホストは幅広のスマホよりスマートなガラケーを好んだそうだ。一部の会社ではサービスは終了したけど、海翔さんの使用しているのはまだ使えるそうだ。
いきなり社長が私を抱いた。
私は驚いて社長な顔を覗き込んだ。
「さっきの彼女の言ったことで思い出した?」
私はそこ質問がヴァージン発言だと思った。
そっと頷く私を彼から離した。
「ちょっとこれからの仕事のことで打ち合わせしてるね」
社長はそう言って私を一番隅にあった椅子に座らせた。
「もしかしたら、社長のせいだけじゃないって気が付いた?」
私は頷いた。
「私はCMのオーディションの時に、皆の前でヴァージンだと言ってました」
「そう……、その中に監督もいたってことも?」
「はい。覚えています。って言うか、さっき気付きました」
「あの娘のヴァージン発言が思い出させた訳ね?」
頷く私を抱く社長。
「でも、貴女のせいだなんて思わないでね。やはり悪いのは監督なんだからね。まさか、貴女のご両親の借用書を盗むなんて……」
「『聞いてくれるかな?』って私が言った時、『聞かせなくちゃダメ。社長何も解っていないようだから』って言ったのはそう言うことだったんですね?」
「そうよ。社長は貴女から監督に近付いたと思っていたの。だから、私が違うって何度も言ったのに聞く耳もってくれなかったの」
以前所属していたモデル事務所の社長は、私のヴァージン発言に呆れていたのだろう。
だから又馬鹿やって。
そのくらいにしか感じていなかったのだろう。
原因は全て私にあった。私はなんて罪作りなんだろう。
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