プロポーズ

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プロポーズ

 私はホワイトデーの日カメラマンの故郷にいた。 両親に一度会ってくれと言われたからだ。 昔からある田舎の豪邸。 そんな雰囲気で、門から玄関までが長かった。 彼は躊躇いながらも呼び鈴を押した。 「こんな不埒な娘に敷居を跨がせたくないの」 玄関を開けるな否や母親とおぼしき人が言った。不埒、それは言われて当然だと思った。だから私は尚更縮こまった。 「アナタAV女優だったんでしょう? 家の息子をたらしこんで」 思っていた通りその人の指摘は鋭かった。 「まあまあ母さん」 気を遣いながら父親が言った。 私は針の莚状態だった。 項垂れて、ただ此処へ来たことを後悔していた。 「この前、集団暴行未遂と詐欺で逮捕されたAV監督って言ったら判るね。俺はあの監督の下でカメラマンとして働いていたんだよ」 突然の告白に驚いた私は慌てて彼の両親に目を向けた。 二人は目を丸くしていた。 「嘘でしょ? アナタは報道カメラマンになりたいって、東京の専門学校に入ったはずよね?」 「あぁ、入ったよ。でも卒業しても、何のコネもない俺を何処も受け入れてくれなかったんだ」 「だからと言って、何も好き好んでそんな所に行かなくても」 「最初はアルバイトだったんだ。俺にはヌードモデルの彼女がいて、その人が紹介してくれたんだ」 「ヌードモデル!?」 母親がすっとんきょうな声を出した。 「その人とはとっくに別れたよ。俺が抱けなくなったから……」 「アンタって子は」 呆れたように言った後で、母親はようやく彼だけを玄関に入れてくれた。 彼は頭を上がり口に擦り付けるように手を着いた。 「お願いします父さん、母さん。彼女と結婚させてください」 彼は深々と頭を下げたままで、私との係わりを話し始めた。  「確かに彼女はAVを遣らされていた。でも騙されていたんだよ。だから監督が逮捕されたんだ」 「えっ!? それじゃアンタも逮捕されるんか? だから今日来たの?」 母親は彼に向かって言った。 「彼女が助けてくれた。『この人は監督の命令で仕方無く撮影しただけです。あの監督から、私を守ってくれた人です』って言ってね。だから彼女は、感謝されても批判されることはないんだよ」 彼は彼の両親の前でそう告白してくれた。 その言葉を受けて、私もやっと玄関の中にに入れてもらえたのだった。  彼はあの時撮影された写真を両親の前に置いた。それは私が初めてグラビア撮影した時の物だった。 二人はそれを見るなり目を背けた。 私だって、こんなのを見せられたらいやだ。 でも、どうしてもこれが必要なのだと彼は言った。 「母さんだったら解るだろう? 初めての時がどんなに痛いか? 監督は彼女が処女だってことを知ってた。知ってて遣らせたんだよ。前に椅子を置いて、手錠で身動き出来ないように束縛させておいてから……。しかもいきなり……無理矢理。そして苦痛に喘ぐ姿を俺に撮影させたんだ」 「お前、そんなことしてたんか!!」 「処女だなんて知らなかったんだよ。でもそれもカメラマンの仕事なんだ。その写真を見てくれ!! それがその時のだ。その顔を見たら、どんな思いで彼女が耐えたいたか解るはずだよね? でも、俺はあの時してはならないことをしてしまった」 「何をだ」 父親が言った。 私はただ怖くて身を竦めるしかなかった。 私に恥をかかせるためではないことだけは解る。 でもいくら何でも、屈辱に耐えた日の全貌を話さなくてもいいと思っていたんだ。  「俺は衝動的に彼女を犯してしまった。持っていたカメラを他人に預けて……。カメラマンとして一番してはならないことをしてしまった」 遂に彼はカミングアウトした。 「俺はその時点で、監督から全てを聞いて解っていたんだ。彼女が騙されて其処に連れて来られたこと。そしてAVタイトルも」 「タイトル!? 」 「戦慄!! 橘遥処女を売る!! だった」 「処女を売る!? それじゃ……」 「そう、監督は彼女から要請でAVに出演させたんだと思わせたかったんだ。それには、こんな裏がある。事務所で彼女の育ての親の完済してる借用書を見つけ、彼女の健康管理表と一緒に盗んだことを隠すためだったんだ。事務所に彼女から売り込んだと思わせたかったからだよ。でも俺はそんなことよりも、疼く股間を満足させてやりたくて。たったそれだけの理由で、手錠何かで身動き取れなくされた彼女を襲ったんだ」 「辞めて、そんな話し聞きたくない」 母親は頭を抱え込み、それでも私を睨み付けた。 『全てお前が悪い』 そう言われた気がした。  「イヤ、聞いてほしい。俺はあの時……」 彼は私との一部始終を語り始めた。 「皆が見ている前でこの人を犯したんか?」 「ああそうだよ。俺の直下立つ股間も、押さえつけられた彼女をバックから無理矢理遣るとこも見られながらだ。それでも俺は、欲望を満たしたくて犯してしまっていたんだ」 「最低だな、お前」 「そうだよ、最低だよ。他の皆は仕事だった。AVで女性と遣ることだって立派な仕事なんだよ。でも俺はそれを撮影する側の人間だ。男性俳優を押し退け、自分から彼女に手を出したカメラマン失格の最低な人間なんだよ。だから俺はヌードモデルの彼女を抱けなくなったんだ。彼女の苦痛に満ちた顔を思い出したら……」 彼は泣いていた。 私のために泣いてくれていた。 「あれから俺、誰とも遣ってない。イヤ出来ないんだ」 「そりゃそうだ。そんなバカなことするからだ」 「解ってる。俺がバカだと解ってる。でも彼女が欲しくて堪らなくなるんだ」 「今さっき出来ないんだと言ったばかりだぞ」 「他の誰とも遣れないってことだよ。きっと彼女だったら、出来ると思うんだ。お願いだ、彼女と結婚させてくれ!!」 彼はやっと両親に今日来た本当の訳を切り出したのだ。 「それだけの理由か? お前はただ、あの時と同じように欲求を叶えたいだけだ」 「違う……、絶対違う」 「アンタが責任を取るってこと?」 「違う。違うよ。俺は彼女を愛している。心の底から愛している!!」 彼は私を愛していると言ってくれた。 心の底から愛していると言ってくれた。 私はその言葉に震えていた。 「俺はあの時……、衝動的に捩じ込ませた後で、貴女の苦痛に満ちた顔を思い出したんだ。気が付くと貴女の身体に手を置いて激しく腰を振っている自分がいた。カメラマンとしてしてはいけないことだと感じながらも堪能してしまっていたんだ」 私は思わず俯いた。 だって…… 此処玄関で、しかもご両親の前だよ。 でもそのことに慌てた両親はやっと家の中に入れてくれた。 これで安心なんて出来なかったけど……  「俺はヌードモデルの彼女から色々学んだ。彼女とは最初からスキンなんだ。万が一のためにと女性用の避妊具も付けていた。病気などが移るのを極端に嫌っていたからだよ。でも俺は、安全日くらいは生で遣りたかった。だから……、アナタを犯していたんだ」 それが、あの日の真相だった。 それでも私は嬉しい。 過去をさらけ出して、何も隠さないで生きていけるようにしてくれたから。  「俺があんなに悦んだのは、後にも先にもあの時だけだ。だから又貴女と遣りたい。どうか俺と結婚してください」 「お前は……」 父親は呆れたように言った。 「ヤバい……又だ」 私に耳打ちしながら彼が悶えていた。 「バカもん。早くトイレに行け!!」 父親が気付いて怒鳴り付けた。 「あっ、駄目だぁ……。親父、悪いけどパンツ貸してくれない。何時もの癖で想像してたら……、だから今グチャグチャだ」 「アンタは!!」 母親は真っ赤になって怒っていた。 でもその後で、大笑いに変わっていた。 「こりゃ駄目だ」 父親も大笑いしながら、彼にパンツを渡していた。 「橘遥さんって言いましたわね。こんなふしだらな息子ですが、末永くよろしくお願い致します」 「何だよ母さん。其処は普通、ふつつかだろうが」 「皆の前でこの人を犯したり、想像しただけで出しちゃうような子はふしだらでいいの。それすら勿体無い!!」 母親の言葉の前に、彼は沈没した。 彼は私の中でもなく想像だけで果てていたようだ。 「父さんが大きな声だすからだよ」 「バカもん。人のせいにするな。もう勝手にせい」 (何だか楽しい。何だか可笑しい……) 「あっ、笑った。母さん見てくれ。彼女が初めて笑ってくれた」 「あっ、アンタそのために……」 母親はそう言うと、私と彼を一緒に抱き締めた。 「母さん。彼女の笑顔素敵だろう。俺、彼女からそれを奪った監督が許せないんだ。でも一番許せないのは、八年間も彼女を救い出せずにいた俺なんだ」 彼はしみじみ言った。  私達が夫婦になったらきっと、お互いを求め、お互いを慈しみあって歳を重ねて行くのだろう。 大好きな旦那様のために、いつまでも可愛い女性でいることが私の悦びになっていくのだろう。 私は笑いながら泣いていた。 初めての、幸せな涙を流しながら……  「えっ、今聞き捨てならないことを言ったな?」 「何も言ってないよ」 「いや、確かに言った。さっきの言葉をそのまま言ってみろ」 「さっきの言葉?…… えっーと、『母さん。彼女の笑顔素敵だろう。俺、彼女からそれを奪った監督が許せないんだ』確かそう言った」 「違う、その後!!」 「うーん。『でも一番許せないのは、八年間も彼女を救い出せずにいた俺なんだ』かな?」 「それだ!! お前、八年間も彼女を……」 父親は茫然としていた。その頬に涙を流しながら。 その事実に気付いて母親も泣き出した。 そして、私の体を思いっきり抱き締めた。  「俺だって、怖かったんだ。監督に脅されていたから……」 「脅されていた? でも貴方は、私のために……」 「俺は強姦罪で逮捕されるのが怖かったんだ。監督は、『一番罪深いのはお前だ』って言ってた」 「どう言うこと?」 「AVは、体外放出なんだ。それさえ知らず俺は……。監督が言ったんだよ。『お前の後は物凄かったぞ。安全日じゃなかったら、出来た子供はお前の子だ』って、そう言われて考えた、確かにって思った。『もしDNA鑑定したら、出てくるのはお前のだけだ』って。だから捕まるのが怖かったんだ」 「なんてことを……。よくもまあ、こんな可愛いお嬢さんを八年間も毒牙にさらしておけたわねぇ。アンタなんかもう親でも子でもない。さっさと出て行って。あ、この娘だけはおいていってね。私達が面倒みるから」 「はー、何だよそりゃ」 母親の言葉に彼は又沈没した。  「一番罪深いのは、やはりアンタね。その監督いいことを言うわね。やってることはいけすかないけどね」 母親は私の体を抱き締めながら言った。 「こんな可愛い娘に何もそんな苦労させなくても……」 母親は彼を睨み付けた。  「反省してる。だから彼女を返してくれー!!」 膝ま付いて両手を差し出す彼に、意地を張るように私を抱き締める母親。 凄く……、物凄く幸せだった。 私は又泣いていた。  「あれっ!? アナタ、何処かで会ってない?」 母親は私の顔をまじまじと見つめていた。 「ねえ、父さん。判らない? 確かに何処かで会ってる……」 「あー、肝心なこと言うの忘れてた!!」 彼が突拍子のない声を上げた。
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