カメラマンside面会

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カメラマンside面会

 そんな中。 俺はカメラマンの仕事だと嘘を言い、彼女の父親と一緒に監督の面会に来ていた。 面会には事前に予約が必要で、一日一組同時に三人までと決められているそうだ。 受付は八時半から三時半までで、土日祭日は出来ないことになっている。 だからその開始時間に合わせて朝早くからやって来たのだ。 もっとも弁護士だけは別で緊急も認められているそうだ。  今日は帰れないと言ってある。 それは、これが終わったら海翔君の住む田舎に愛の鐘の打ち合わせに行かなければならないからだった。 だからまんざらデタラメではないのだが…… 彼女に嘘をついた…… つかされてしまったから後ろめたかったのだ。  其処は拘置場と言い、送検されて来た未決拘束者が入る警察の施設だった。 家族は一般面会と言う形で、警察署の留置管理課内に設置させている面会室で接見出来ることになっている。 面会時間は約三十分。 その短い時間で何が聞けるのか? それも落ち着かない一つの原因だった。  窃盗罪も強姦罪も詐欺罪も時効は七年。 みんな既に過ぎている。だから海翔君達に協力してもらって、ハロウィンの悪夢の暴行未遂から痴漢電車の撮影でも訴えたのだ。 ただ詐欺罪だけは終了時点が別なので、それで逮捕されたのだ。 『娘には聞かせたくないんだ。悪いけど、一生背負って行ってくれないか』 社長からそう言われた。 どうしても、彼女だけには知られたくない秘密が社長と監督の間にはあるようだ。 それが何かは判らない。でも俺がターゲットになりうる事情だ。 ろくなことでは無いと思った。 俺は断ろうとした。 でも、監督に脅されてないためにどうしても必要な案件なようだ。 俺はまだ、自分の後が監督だった経緯を話していない。 話せる訳がなかった。 彼女の中に残した物で脅されていたなんて…… あのバースデイプレゼンショーの特別なディスクを送り付けてくるくらい、二人の間にはトラブルがあったのだろう。 それが何かも判らない。でもそれを知ることが俺の使命のようだ。 社長が何をしたいのか、何を考えているのか知らない。 それでも俺は、監督が罪を償ってが出所した後で、彼女が安心して暮らせるようにしたいのだと思った。 娘のために最大限の努力をしたいのだと思った。  小さな面会室。 録音や録画や携帯電話などの電子機器は勿論、タバコも持ち込み禁止で、全て入室前に預けなければならない決まりになっている。 後で会話などをチェック出来ないから俺の立ち会いが必要だったのかも知れない。 弁護士にも知られたくない事実。 俺はその意味を考えて震えていた。  俺達は一緒に部屋に入って椅子に腰をかけ、向こう側のドアが開くのを待っていた。 暫くすると監督が姿を表した。一瞬のうちに緊張感に包まれた。 無精髭は擦られており、かっての威厳は感じられなかった。 それでも眼光の鋭さは消えることなく、不気味に光っていた。  きっとこれが俺が受ける酬いなのかも知れない。 俺は今まで娘を助け出した恩人として優遇されてきた。 結婚まで秒読みとまで言われている。 嬉しいことなんだけど、辛い。彼女を衝動的に犯してしまった事実が、未だに俺を苦しめていた。  「あっ、お前か? 何でお前まで一緒なんだ」 監督は俺の顔を見るなり言った。 「こっちは何処かの社長か? もしかしたら、行方不明になっていた娘でも見つけたか? ハハァーン。だから二人か?」 「判っていたのか?」 「あの顔を見たらすぐに判ったよ。はるかにそっくりだったからな」 監督は不気味な笑い顔を浮かべながら言った。  (はるか? もしかしたら彼女の母親の知り合い? いや、呼び捨てだったってことは……) 「ああ、見つかったよ。貴様が八年間も囲い込んでいた娘をな」 (監督は彼女が社長の娘だと知っていた。知ってて強制的に撮影したのか? その上で、彼女の許嫁である俺にそれを撮影させていたのか?) 監督は社長の言葉を聞きながら不気味に笑っていた。  「やはり俺が……、その娘の許嫁だと知っていたってことですか?」 監督は頷いた。 「お前が『待った。先に俺から遣らせてくれ。誰かこのカメラ頼む』と言った時、勝ったと思った。仇を打ったと思ったからだ」 一瞬、社長の目が向いた時ヤバいと思った。 「仇!? やっぱりそんなこと思っていたのか? だったら彼女は裏切っていない」 「どう言うことだ」 「彼女は悩んでいた。お前が戦場に行く度に……」 「だからって、お前が彼女を奪う権利はない」 (奪う?社長は監督の恋人を奪ったのか? 彼女の母のはるかさんを奪ったのか? だから、監督は復讐しようとしたのか?) もしかしたら全てがそれから始まったことなのかも知れない……  「そのことで、娘をずいぶん可愛がっててくれたそうじゃないか?」 皮肉を込めたセリフに監督の表情が強張った。それは俺にも向けられた言葉だと思った。 「やはり橘遥はお前の娘だったか?」 「あぁ、私の娘だ。誰が何と言おうと私の娘だ」 「どう言うことだ?」 「だから言ったろ。彼女はお前を裏切ってはいないと……」 「んな馬鹿な? あの娘の誕生日は九月だった。俺ははるかと……」 「お前は肝心なことを忘れている。あの育児放棄したと言う橘はるかさんのことだ」 「一体、何の話だ」 「彼女ははるかと同じバスに乗り合わせ、はるかが抱いていた三ヶ月の子供を三ヶ月前に亡くした子供だと勘違いしただけだ」 「そうか? やっぱり橘はるかの娘はお前の娘だったんだな?」 「解ってないな。だから九ヶ月の時に六ヶ月にも満たないので逮捕されたんだ」 「それはどう言う意味だ?」 「娘の正式な誕生日は十二月二十三日だよ。今では違うけど、あの頃は天皇誕生日だった。その十ヶ月前に何があったか? はるかに何をしたか思い出してみろ」 「俺は彼女が好きだった。だけどお前はそれを知っててプロポーズした。俺はあの後海外派遣が決まっていた。だから彼女を抱いたんだ」 監督ははるかさんとの一夜を告白した。  「やっと思い出したか? はるかはお前を裏切ってなんかいない。子供が出来たと解った時も、待つと言って訊かなかった。必ず帰って来るって言って泣き喚いていたんだ」 「えっ!? 今、何て言った? 橘遥が俺の子供だとでも言うのか?」 「あぁ、その通りだ。彼女は最期まで貴様の帰りを待っていた。戦場で行方不明になったお前を待ち続けていたんだよ」 「俺はあの時高熱におかされていた。だから、日本へ帰るのが遅れただけだ」 「はるかは一人で苦しんでいた。お腹はどんどん大きくなるし……」 「嘘だ。そんなのは作り話だ」 「そうだよ。全部作り話だよ。でも、これだけは信じてくれ。お前はこの男性を娘の許嫁だと知っていた。その経緯を話してやってくれないか?」  「俺と彼女は同じ誕生日でした。十二月二十三日です」 そう言った途端に監督の顔色が変わった。 明らかに動揺している素振りだった。 「二人は同じ産婦人科で同時に誕生したそうで、互いに運命を感じたそうです。彼女の母親と俺の母親は親友でした。だから二人は許嫁になったのです。本当に彼女とは同じ誕生日でした。だから、バースデイプレゼンショーの時にはまだ未成年だったのです」 「そう言うことだ」 「嘘だ。嘘だ。本当にそうだとしたら俺は……」 監督は青ざめていた。 「監督は、自分の子供だとも知らずに彼女を犯して……」 思わず、ハッとした。 言ってしまってからとんでもないことを言ったと気が付いたけど、もう遅かった。 「えっ!? 今、何て言った。監督があの娘と? 嘘だろ?」 「すいません。本当のことです。監督は俺の後でした。申し訳ありません。どうしても言えませんでした」 俺は遂に告白していた。 「若いね君は……」 「そうだ。お前は若過ぎる。いや……、馬鹿過ぎる」 監督はそう言いながら、泣いていた。 「今度のこともそのことも、地獄まで背負って行ってほしかった」 気配りが足りない。 そう思った。 監督は既に気が付いているはずだった。 罪の重さに動揺しているはずだった。 なのに俺は…… 傷口に塩を塗り込んだのだ。 「あの娘が私とはるかの娘だと思い込んで、貴様は自分の娘を……」 社長は泣いていた。 「いいか。もう二度と娘には近付くな。あの娘をこれ以上苦しめてたくないからな」 社長が言い放った。 「君のことは知っていたよ。バースデイプレゼンショーの中で……」  「すいません。カメラマンとして恥ずべき行為をしてしまいました」 「それを貴様が悪用した。でもこれだけは覚えとけ。私はあの娘の父親だ。だから全力で守り抜く。はるかの忘れ形見のあの娘を……」 「解った。俺も罪を償うよ」 「二度と娘の前に現れないと約束してくれ。あの娘の幸せを脅かさないでくれ」 監督はその言葉に一瞬声を詰まらせた。 「娘をよろしく頼む」 監督はそう言って、面会室から出て行った。  「すまない。今までの話はみんな嘘だ。あの娘は本当は私の子供なんだよ」 社長はそう言いながら俺にウィンクした。 「えっ!?」 俺の言葉に反応したのか、社長は慌てて視線を外した。  「まあ、そう言うことにしておいてくれないか。あの娘をこれ以上苦しめたくないんだ」 「それは俺も同じです」 「私はプロポーズした日にはるかと――。でも……、彼女は拒んだ。だからはるかは戦場へ出掛ける前の監督の元を訪ねて結ばれたんだよ。彼女は監督に惚れ込んでいたからね」 「気持ち解ります。監督は俺の憧れでしたから」 俺は又…… 気配りが足りない発言をしていた。  「彼女は本当に裏切ってなんかいない。裏切ったのは私なんだ。この際だから白状しよう。これもオフレコだ。プロポーズした後で、俺ははるかに……。でも逃げられた訳だ。だから苦しさ耐え兼ねて出発前に監督と……。彼女は自ら監督に……。はるかは本当に監督を愛していたんだ」 「いえ、母はこう言いました。『貴女のお母様とは幼稚園の時からずっと一緒で親友だったの。久し振りに会ったのが、あの産婦人科だった。彼女は恋人が自動車会社の社長の息子だと知らなかったんだって。プロポーズされた時初めて打ち明けられたそうよ』と。はるかさんは彼女の父親が社長だったなら良かったと思っていたはずです」 「はるかは疲れきっていた。私はそれにつけ込んだ。自動車会社の社長の息子だと打ち明けて、関係を迫ってしまった。はるかを苦しめたのは私なんだ」 それでも社長は言っていた。 「でも、これだけ脅せばもう何も言って来ないよ。嘘も方便だ」 社長は俺に目配せをしながら、耳元で囁いた。 「そうだよ。そう言うことにしておいてくれ。だから行方不明になってもあまり心配はしていなかったんだよ。当時監督は日本に帰ってきていたから……、だから彼女が監督に子供を預けたと思っていたんだ。遺品の中のカメラに収まっていたフィルムを現像して、君のお母さんに事故の前に撮った写真だと聞くまでは……」  「俺が見たあの写真ですね。あれがあったから、彼女にたどり着けたのかな? やっぱり運命だと思います」 「ありがとう。そう言ってもらえただけで……実は、はるかが監督を訪ねた時は、プロポーズから三月ほど経ってからだった。だから監督はあの娘を私の娘だと勘違いしたようだ」 罪の重さに耐え兼ねたのか、社長は彼女の父が本当は監督だと言っていた。 少なくとも俺にはそう聞こえた。 俺は一生、この秘密を守り続ける。 監督が入っている拘置所に向かって誓った。
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