カメラマンside監督の哀しみ

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カメラマンside監督の哀しみ

 はるかさんは監督を愛していた。監督だけを愛してた。でも社長が横恋慕した。 社長は監督の大学時代の友人で、彼の陰のスポンサーでもあったのだ。 だから邪険に扱う訳にはいかなかったのだ。 言い方は悪いと思うが、社長は其処につけ込んだ。 はるかさんを愛してしまった社長は、自分の立場を公けにしてプロポーズしてしまったのだった。 板挟みになった時、はるかさんは意志を貫いた。それはきっと、監督だけを愛し抜くと決めたからだと俺は察した。 監督は取材で日本を出発しようとしていた。 それが偶々、プロポーズされてから三ヶ月ほど経った頃だったのだ。 それが後に監督を苦しませる要因になって行くのだ。  監督の向かう先。 其処は戦争をしていて、多くのジャーナリストの命を奪っていた。 でも…… それだからこそ、その現状を伝えなくてはならなかったのだ。 監督は使命感に燃えていた。 俺は、そんな監督に憧れていたのだった。  はるかさんは監督の元を訪れ、一夜を過ごした。 それは監督だけを愛すると言う意思表示だったのかも知れない。  『ねぇ母さん。その人も遥って言うの?』 『あぁそうだよ。知らなかったのかい?』 俺はあの日の言葉を思い出していた。 (もしかしたら監督は橘はるかさんをはるかさんと勘違いしたのか? いや、きっとそうだ。そうに決まっている。監督ははるかさんが事故死したこと自体知らなかったのではないのか? いや、聞いてはいたが本当かどうか疑っていたのかな? もしかしたら、監督にバレるのを恐れた社長がはるかさんを隠したのだと思ったのか?) そう考えると辻褄が合ってくる。 何故監督が、あんな卑怯な手を使って彼女をいたぶったのか? その理由が…… その疑問が…… 監督の抱えた傷みが少しだけ解った気がした。  監督は、アシスタントをしていた時からはるかさんと付き合っていた。 でも大学時代の友人に紹介したら、三角関係に発展してしまったのだ。 勿論、はるかさんが愛してるいるのは自分だと解っていた。 それでも、取材中に何かあるかも知れないと常にジレンマを抱えていたのだった。 監督が戦場で行方不明になったとされた頃。 はるかさんは大きなお腹を抱えながらも監督の帰りを待ちわびていたのだ。  「悪いが、君の元カノのことは調べさせてもらった」 「えっ!? ヌードモデルだった彼女ですか?」 「いや、悪いとは思ったんだが……。今一信用出来なくて。どうしても、あの映像が頭にこびり付いていたからね」 「そうですね。本当に馬鹿なことをしてしまいました」 「でも娘は言っていたよ。あれがあったから耐えて来られたと。君、物凄く上手だったそうだね」 「彼女そんなこと言ったのですか?」 「いや、娘は君をフォローするのに必死だったんだよ。それだけ、君のことが好きなようだ」 「すいません。こんな馬鹿な奴が許嫁で……」 「その人から聞いたよ。君が監督の恋人と同棲していた経緯を」 「えっ!? 彼女は監督の恋人だったんですか?」 「らしいね。監督とは取材で知り合ったようだ。でも彼女は本気で君を愛してしまったらしい」 「本気で俺を……なら、なんで監督の仕事を俺にやらせたんだ?」 「監督に言われたそうだよ。後腐れのない娘の撮影だからって」 「後腐れか。あの後、俺は一気に冷めてました」 「本当だな。私の娘に対して、後腐れが無いなんてな。奴はきっと事務所で娘の書類を見つけた時、指折り数えたと思う。そして、知ったんだ。プロポーズした日に二人が結ばれた事実を……。だから、頭に血が上ったんだ」 「そうかも知れませんね……って。えっ―!?」 「いや、冗談だ」 社長は照れ草そうに笑った。 「君が監督に脅されているとは知らなかったそうだよ」 「俺は彼女を裏切ってしまいました。でも彼女は橘遥さんが処女で、全員に遣られることを知っていたのです。それが許せなかった。勿論、俺が一番悪いのですが……」 「彼女はきっと、報道カメラマンとしての道が約束されたと思っていたのではないかな?」  『まだチェリーボーイなんだってね? だったらそれにサヨナラしない?』 薄暗い大きめの個室で鏡越しにウィンクをされた。 『時間無いんでしょ? いきなりでいいよ。ホラもう、大きくなってる』 急かされるままに挿入させた、あの時の行為がよみがえる。 俺達はあの後、恋人同士となり同棲を始めていたのだ。 俺はヌードモデルの彼女から女性の扱い方法を伝授された。 それはきっと、自分だけを愛して欲しいとのメッセージだったのかも知れない。  監督は、彼女が俺と同棲している事実を把握していた。詳しく調べてみたら、元カノの子供と許嫁だった訳だ。 監督の情報網を駆使すれば、それを割り出すくらいは簡単なことだったのだろう。 恋人を親友だった社長に奪われ、付き合っていた彼女をその娘の許嫁に奪われた。 監督はきっと腸が煮え繰り返ったのだろう。 其処で彼女から俺を引き離す行動に出たのだ。 偶々監督は借金をして、AVでも撮って返せと脅されていた。 其処で目を着けたのが、社長の行方不明の子供を探す取材の時に拾った彼女の親の借用書だった。 社長と結婚した恋人にそっくりな彼女を憎しみの対称にしたのだ。 名前を聞き出し、密かに彼女の体調管理表を見つける。 でも其処に書かれていた生年月日に唖然とする。 監督は本当は彼女が自分の子供ではないかと疑っていたのだ。 でも自分と結ばれるはるか前に、子供を宿していたことを知ってしまったのだった。 監督は、社長の行方不明になっている子供が自分の分身ではないかと思っていたはずだ。 だからアチコチ探していたのだろう。 そして…… 到頭見つけ出したのだ。社長が隠した橘はるかの子供を…… 恋人の裏切りを知った時、監督は鬼になった。  彼女には、報道カメラマンにしてやるとか何とか言ったのだろうか? 彼女はきっとそれを真に受けて、俺を監督の元に送り出してくれたのだ。 そんな彼女を俺は裏切った。 俺は橘遥さんに行ってしまった訳だ。  監督は其処で格好の物を手に入れる。 それは、俺が渡したカメラだった。 監督は社長を脅そうと、彼女を襲っている俺を撮影したのだ。 でも、もう一つ悪巧みをした。 モザイク処理した映像をディスクに焼いて社長に送り付けたのだ。社長に゛戦慄゛と橘遥の名を知らしめるために。 それが、きっとこの強姦詐欺事件の真相のように思える。 借金を返すためにお金が要りようだった監督は、社長を脅かそうとしたのだ。 その戦慄!! 橘遥処女を売る!! が、予想をはるかに上回る売れ行きだったために、借金はそれで返せたのだ。 でも、それにアジをしめた監督は彼女を放そうとはしなかったのだ。 何も言ってこない社長に業を煮やし、生で遣らせる橘遥を売り出したのだ。 社長も監督も苦しんだのだろうと思った。 でも俺は、自分の子供ではないかと疑っていた監督が、彼女を犯した事実を許してはいけないと思った。  はるかさんが監督を愛していた事実は揺るがない。 それでははるかさんは何故母に嘘をついてまで、監督のことを隠したのだろうか? 『貴女のお母様とは幼稚園の時からずっと一緒で親友だったの。久し振りに会ったのが、あの産婦人科だった。彼女は恋人が自動車会社の社長の息子だと知らなかったんだって。プロポーズされた時初めて打ち明けられたそうよ』 と、母は電車の中で彼女に言った。 あれは一体何だったのだろうか? (もしかしたら見栄か?) 監督はその頃はまだ行方不明のままだった。 だから社長に結婚を迫られていたようだ。 社長にとっては、誰の子供なんて問題ではなかったのだろう。 ただ愛するはるかさんと暮らしたかっただけだったのかも知れない。 でも、そんなことでは監督の背負った苦しみは晴れやしないと思った。  「あの時、俳優陣は言ったんです。『そりゃ、勿論最高だよ。コイツ無理に締め付けるんだ。それが却って俺達が悦ぶことなんて知らずにな』って。そしたら監督が、『えっ、そんなに締め付けたんか? そんだったら、一緒に遣らせてもらえば良かったな』って言ったから彼女は今度は床に拘束された訳です。監督に遣らせるためでした。だから成り行き上、行かない訳には……」 「そう言うことか?」 「監督だって躊躇したと思いますが……」 「いや、それでも行っちゃダメだよ」 「あの時。俳優陣は監督にも罪をきせようとしたのではないのでしょうか?」 「その通りだと思うね。でもその前が君だったんだろ?」 「はい。反省してます」 俺は、思わず立ち上がって頭を垂れていた。 社長はきっと、俺とヌードモデルの元カノのことも皮肉ったのだろう。 あの時、誘われるがままに行った俺。 でも彼女は俺を愛していたと言った。 俺は何処まで罪作りなのだろうか?  「私はあの時、『あの監督は君のことを全部知ってた。知ってて君に撮影させたんだ』って言ったね。ターゲットは一体どっちだったんだろう?」 「ターゲットは俺じゃなかったってことですか?」 「監督はきっと橘遥が私の娘だ思って、苦しめるために敢えてモザイク処理したのじゃないかな?」 「君の映像を私に見せることで、撮影を辞めさせてほしかったのかも知れないな。私はそれに気付かず放置してしまった。やはり悪いのは私だったようだ」  「いえ、やはり悪いのは俺です」 「いけない、いけない。又、余計なことを……。君を苦しめるためじゃないんだ。気にしないでくれよ」 社長は気にするなと言った。 でもしない訳がない。 俺はこれから先…… 多分一生、この重い十字架を背負って生きて行くしかないんだろう。 それはキリストが十字架を背負って歩かされたと言う、ヴィア・ドロローサにも似てる。 エルサレムにある悲しみの道は、その先の丘まで続く。 十三日の金曜日に処刑され、西暦三十三年のニサン十六日に復活したとされる救世主。 自分にもその復活があるとするならば、今度こそ彼女をしっかりと守りたい。 そう考えた時、閃いた。 愛の鐘の向こうに無人のチャペルを作ろう。 と――。 出来ることなら二人でその近くに住み、一生を彼女に捧げたいと思ったんだ。 それが俺の出来る唯一の償いだと思った。 俺の夢は…… 今変わった。  「例の仕事は順調かい? 町起こし企画も立派な当社のアピール作戦だからね」 「はい。海翔君共々頑張っています」 「良し、頼むよ」 「社長。たった今、いいアイデアが浮かびました。彼処で腰を下ろして仕事がしたいのですが」 「つまり、娘と一緒に彼処で暮らしたいってことか?」 「はい。海翔君達と一緒に愛の鐘プロジェクトをやり遂げたいのです。あの土地が会社の資産なら、もっと活かせる方法も模索出来ると思います」 「何だか解らないけど、君はやってみたいのだろう?」 「はい。是非やらせてください」 俺は必死に頭を下げた。 そんな姿を、社長は微笑んでくれたように感じていた。  「海翔君も神野君の転勤で苦労させたからね。本当に幸せになってもらいたいんだ」 「彼は充分幸せです。何しろみさとさんと言う、可愛い奥様にゾッコンですから」 「あ、そりゃそうだ」 社長は声を出して笑った。 それは初めて見る光景だった。  「歌舞伎町でナンバーワンホストに祀り上げらた彼は、陰謀に負けて田舎に帰った。だけど私にはそれが正解だったように思えるのだよ。実は彼処のオーナーとは古くからの知り合いでね……」 社長はその後も海翔君の話しをしていた。 あの、【ジン・神と呼ばれた男――疑惑のチェリーボーイ】 も読んだようだ。 あのマダムと呼ばれた女性も知っていて、一度睨まれたら裏から手を回して、もう其処では働けなく。そんな話しも聞かせてくれた。 だから海翔君が心配だったようだ。
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