エイプリルフールの奇跡

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エイプリルフールの奇跡

 海翔君はそんな俺にも優しかった。 でも何時までも泣いている訳にはいかなかった。 此処には俺の夢がある。 そう思い直して立ち上がった。  早速業者との交渉に入った。 その業者は、公園などに遊具を設置する仕事もしていた。 海翔君の拘りは、何と言っても愛の鐘だ。 枠組みは遊具の中から見つけるつもりのようだ。 滑り台のように階段で上に登れて、東屋のような屋根付き。 そんなのを想像しているようだった。 だから、この業者に決めたのだ。 それだからこそ引き下がれない。 建築業者相手に工期短縮を必至に説得する。 でも業者も引き下がらない。 俺は間に入って、双方と話し合いながら打開策を検討した。  コンクリートが固まるためには、気候や気温などにもよるが、最低でも五日以上は掛かるそうだ。 それをある程度放置すれば更に強度は上がる。 と業者は主張した。 もっと早く出来る方法は無いのかと海翔君が言う。 その結果。 早強セメントがあると言うことを引き出した。 これなら、工期を二日間短縮出来るそうだ。 「やれば出来るじゃん。ようし、作戦開始!!」 海翔君が右手を空に突き上げる。 俺も、業者の方々も追々した。 それがきっかけで、業者との絆が深くなる。 エイプリルフールサプライズの火蓋が切って落とされた。  業者はまず、コンクリートを流す枠組み作りを開始した。 結局カタログから選び、小さな時計台のような物に落ち着いたのだった。 「後五日か……、早強コンクリートでも少しでも長く置いたほうがより強度が増すと思う。俺達はその間にプレハブ業者をあたろう」 「プレハブ?」 「仮のチャペルだよ。ちょっとしたお休み処だ」 「確か……、建築基準法では、建築許可が無くても建てられるのは六畳までだったな」 「それは承知している。本物は後で作れば良いと思うよ」 「でも、それにもコンクリートは必要だろう?」 「だから、これから行こう」 「えっ、これから!?」 「ホラ、早くしないと陽が暮れちゃうよ」 「解った、解った。でもその前に電話していい?」 「ん、カミサンにか?」 「まだカミサンじゃないよ」 「駄目。すぐ出発」 海翔君はそう言うが早いか、俺をバイクの後部座席に乗せて走り出した。  「あの時、もしも間に合わなかったら……」 「きっとあの人は自分を追い詰めたな」 「えっ!?」 「自分と同じ体験をさせてしまったと嘆き悲しんだと思うよ。彼女ってそう言う人だろう?」 返事の代わりに、ヘルメットを背中に押し付けた。 バイクでの会話は本当は成り立たない。 と、思っていた。 でも違った。 海翔君の優しさが、俺の胸を締め付けていた。  隣町の小さなプレハブ展示場。 俺達はカタログを見ながら、工期を相談していた。 驚いたことに簡単な物は一日で完成すると言う。 沢山の種類があって、なかなか決められない。 「あっ、これ良いね」 海翔君が木造収納庫を指差した。 「確かにいい建物だね。でも夏場は汗だくになりそうだよ」 「そうだね。でもこれ絶対に良い。これに決めた」 「もし良かったら手作りキットもあるよ。そっちのカタログも見てみる?」 「えっ、でも自分で作るとなると……」 そう言いながら目を移して釘付けになった。 「ログハウスもあるの? わあ、これ六畳? オマケにウッドデッキ付きか?」 「これが欲しいの?」 「でも、配達や組み立て日数が足りないよ」 「そうだよね。四月一日だもね。でも間に合わなくてもいいんじゃない? これ作ろうよ」 海翔君は早速それを注文した。  海翔君がその町にあるビジネスホテルの一室に案内してくれる。 ドアを引く。 その瞬間、呆気に取られて、固まった。 「もう、海翔君は意地悪だな……」 其処にいたのは彼女だった。 彼女は泣いていた。笑いながら泣いていた。 「さっき、二人って言ったろ。さあ、愛の時間を楽しんで。あ、まだカミサンじゃないんだったっけ。こりゃとんだことを……」 海翔君はそう言いながら消えて行った。 海翔君の仕掛けたのは、彼女と俺のラブラブな時間だった。 「アイツは本当にサプライズ好きだね」 「うん、聞きしに勝る……ん、んんん」 俺は彼女の唇を塞いだ。 「逢えなくて淋しかった。愛してる。愛してる」 俺は彼女の胸に飛び込んだ。 ずっとそうしていたかった。 抱き締められていたかった。 でも俺はすぐに理性を取り戻した。 「海翔君も罪作りだな」 「そう……決めたんだよね。結婚するまで待とうって決めたんだよね……。でも、私が頼んだの」 (えっ? 今何って言った?) 俺は彼女の言葉を頭の中で整理した。  「えっ!? でも幾ら頼まれって言っても……、アイツ何て残酷なことしてくれたんだ!! このまま引き下がれるか!!」 俺は本当は聞こえていたんだ。 今すぐ行きたい。 愛したい。 理性がなんだ。 海翔君の馬鹿野郎!! 自分はどうせみさとさんと二人っきりで楽しむんだろうが…… (あれっ、『さっき、二人って言ったろ』って。もしかしたらバイク!?) 「あの……たぶん……海翔君とバイクで来た?」 彼女は頷いた。 その瞬間。 頭に血が上る。 「海翔君のバカやろう。もうヤケだ。このまま、カミサンになっちまうか?」 そっと…… 上目遣いで彼女を見ると頷いたように見えた。 それでも、理性が邪魔をする。 俺達は結局何も出来ず、悶々とした夜を過ごす羽目になってしまったのだった。  午前四時。 既に港には人が集まっていた。 彼女がみさとさん夫婦の仕事を内緒で見たいと言い出したのだ。 勿論寝不足だ。でも彼女は張り切っていた。 男達は漁船の上で出港の準備に余念がない。 漁の命である網の点検などだ。 海翔君に聞いた情報によると、この網は大まかに分けて三種類あるそうだ。 それぞれが二つ以上あり、交互に入れて成果に繋げる訳だ。 船尾にあるアームにこの網を取り付け、いよいよ出港となるのだ。  底引き網漁は、小回りの利く小型の船舶で行う。 袋状の網を海底に下ろして引き、魚を追い込む漁だ。 船の重量は約五トン。 漁船を手に入れるためには、船舶の他に魚群探知機約なども必要で二千万円ほどかかるらしい。 海翔君達が結婚したクリスマスの日に手に入れた漁船はこれより小さい。 海翔君は小型船舶の試験に合格していたのだ。 これがあると、四トン以下の漁船なら出港出来るそうだ。 いくら漁師になりたいからと言っても、免許証のない人は乗れないのだ。 『クルーザーも運転出来るんだ。ホストとしても必要な資格だからと勧めてくれた人がいたんだよ』 海翔君は照れくさそうに笑っていた。 俺はその時まで、海翔君が歌舞伎町のホストだった事実を忘れていた。 《疑惑のチェリーボーイ》 と書かれていた週刊誌のタイトルも…… 「アイツは凄いな。昨日俺達の……いや、社長のために頑張ってくれたんだ。勿論、みさとさんへのサプライズが主だったけどね」 「幸せ者だね彼女」 彼女はそう言いながら、物陰からみさとさんを見つめていた。  四月一日。 愛の鐘の完成記念祝賀会が、入社式会場で執り行われた。 「何時か又……、この地に戻って来ます。私は此処が好きです。今日当社に入られた若人よ。決してこの地域を忘れずに、その力を私に貸してください。お願い致します」 義父が挨拶する。 来賓の挨拶の後で除幕式の予定だった。  出来上がった愛の鐘を最初に鳴らすのは俺達だ。 だから俺達は…… その幕の中でじっとしていた。 みさとさんを驚かせたいらしいのだ。 本当は俺達も同じ気持ちだったけどね。 「アイツは本当にサプライズ好きだね」 「本当にそうね。私達をこんな場所に閉じ込めておいてね。ん?」 俺は又…… 彼女の唇を塞いだ。 「駄目だよ。まだ……」 それでも止められない。 何度も何度も角度を変えて唇を戻す。 呼吸さえも奪われそうなキスに俺は酔いしれていた。  その時、幕が落とされた。 その瞬間、俺達は固まった。 慌てて離れた俺達を皆の目から隠すように、海翔君が仁王立ちしていたのだ。 「やっぱりな……、遣ると思っていた」 海翔君は笑っていた。 「もう、意地悪……」 みさとさんは泣き笑いしていた。 「さあ、愛の鐘を鳴らそう」 海翔君が笑いこけながら言った。  海翔君が仕掛けたのは、俺達の結婚式だったのだ。 でもそれはみさとさんと海翔君、海翔君のお父さんとみさとさんのお母さんの合計三組による合同結婚式だったのだ。 「皆も橘遥と言う名前位は知っていると思う。紹介しよう、私の娘だ。ずっと行方不明になっていた私の娘だ。娘は婿と一緒に此処に住む。たからこそ、私は又……此処に復活したい。お願いします。私に力を貸してください!!」 社長は力強く言った。  更にサプライズは続いた。 大きなシートの下から現れたのは、小さなお休み処のかようなチャペル。 でもそれは、写真スタジオと繋がっていた。 それは、あのカタログにあったログハウスだった。 でもそれだけではなかった。 その中にお色直し用の防音室があったのだ。 其処に置いてあった椅子を見て、思わず目を合わせた。 「誰かに話した?」 二人同時に言った。 それはあのスタジオにあった椅子だった。 「もしこの椅子があればと思ってた」 「俺もだよ。最初が俺だったなら、貴女の苦しみを救えたのではないのかと……」 「優しくしてね」 彼女そう言いながらウェディングドレスを脱いで椅子に肘を着けた。  「いきなりでいいの。もし物凄く痛かったら、私ヴァージンを感じることが出来るかも知れないから……」 それでも俺はそっと近付けた。 本当は痛いのに、彼女は我慢をしてくれていた。 俺は彼女にヴァージンを感じた。 俺が最初の男になったことを感じた。 「あん」 その時、彼女の口から無意識に出た言葉に驚いた。 それはあの日、俺に犯されながら発していたものだった…… 「私はやはりあの時貴方にイカされたのね」 「そうみたいだ。貴女のあの時の声が又聞けるなんて……。俺は世界一の幸せ者だ。あぁ、やっぱり気持ちいい!!」 俺はやっと彼女の中で果てていた。 俺はその時、彼女に初めてをあげる方法を思い付いた。 俺は早速体制を入れ替えた。 「これが夫婦の愛の形だよ」 それは正常位だった。 俺は脱いだタキシードの上で彼女を抱き締めながら泣いていた。 初めてをあげられた喜びに震えながら…… 「貴女は今、ヴァージンだ。あぁ、この日をどんなに待っていたか……。あぁ、気持ちいい。最高だー!!」 安全日など関係ない。 俺達はやりたい時に遣るだけの、超ラブラブな夫婦でいればいいのだ。 彼女は俺に抱かれながら泣いていた。  「八年前のあの日。貴女は確かに全員に犯された。でも思い出して……。中で果てたのは俺だけなんだよ。だから俺は貴女の最初の男性なんだよ。そして今、最後の男性になった」 俺は泣いていた。 そう、俺は彼女にとって初めての男性なのだ。 「監督が言ったろ? あの時貴女に子供が出来ていななら……」 「そう……、貴方の子供だった」 彼女は泣いていた。 「私は貴方以外、誰にも感じなかった。それは、又こうしてもらいたくて……」 その言葉が俺に火を着けた。 「俺を幸せにしてくれ」 俺は又…… 彼女を目指して突進していた。 「外で皆待ってる」 「海翔君が悪いんだ。好きにさせてもらおう」 俺は強引に彼女を拘束した。  備え付けられていた洋服を身に纏い、お色直し開場から出て驚いた。 社長が見知らぬ人と愛の鐘を鳴らしていたのだ。 「もしかしたら、お母さん? 私を育ててくれたお母さん?」 「そうだよ。この人ははるかの同級生だった。そして、はるかから君を託された人なんだ」 それは紛れもない真実。 正にエイプリルフールの奇跡だった。
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