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カメラマンside俺達の選んだ道
――ドッシャーン!!
いきなり記者席から物凄い音がした。
恐る恐る其処を見ると、折り畳みの椅子が投げ出されていた。
『彼女は今でも後遺症に悩まされています。特に大きな音に敏感に反応します』
あの時社長は確かにそう言った。
誰かが社長の言った、その反応を見るためにやったことらしい。
俺はすぐに犯人の見当がついた。
それはこの会場に居ない人物……
神野海翔君だった。
確証はない。
でも何故かそう思ったんだ。
彼女はあの時すぐに、事故直後のバスから救い出してくれたもう一人の母親の元へと駆け付けた。
喩え数ヶ月でも、彼女にとってはかけがえのない人なのだ。
小さかった自分にミルクを与えてくれた。オムツを替えてくれた。彼女にとっては大切な母親だったのだ。
『お母さん、大丈夫よ。私、此処にいる。今のお母さんには判らないと思うけど、あの時助けられた三ヶ月の赤ん坊は此処にいるよ!!』
彼女は泣きながら母を抱いて、床にゆっくり腰を下ろした。
『うまく誤魔化せたね』
あの時社長は誰かに話し掛けていた。
『無理なことを引き受けていただきましてありがとうございました』
海翔君がそう言った時、やっぱりだと思ったんだ。
『やっぱりな。大きな音がした時、記者席を見たんだ。皆呆気に取られていた。そして誰がやったのかと探りを入れていた。何となくだが、コイツ等じゃないと思ったんだよ』
俺はそう言った。そう、まだその時はまだ半信半疑だったけどね。
でもまさか……、海翔君がそんなことをやるなんて。
俺は彼を買い被り過ぎていたのかな?
そう言えば、まだ彼は大学を卒業したばかりなのだそうだ。
それって、俺より物凄く下だってことだった。
今更気付くなんて……
俺って意外とバカじゃんか。
こんな、彼女を震え上がるらかほど驚かせて。
何を遣ってるんだよ。彼女が可哀想で見ていられなかったんだよ俺は。
そんな人の弱味に漬け込んで、いたぶるなんて……
信じられないよ……
でも……
彼女は泣いていた。
自由になれるかも知れないと思って。
彼女は今まで監督に脅されてきた。
両親の借金を返すために働かさせられていた。
本当は無い借金のために。
彼女はあの時、やっと解放されたのかも知れない。
「海翔さんって、ホストだっただけあるね。気配りが凄い」
突然彼女は言った。
「貴方がご両親に全てを打ち明けたみたいに、私が日の光を浴びて生きて行けるようにしてくれた。もう誰にも後ろ指差されないようにしてくれた。あれだけ見せ付けられたら、記者の人達何も書けなくなるね」
彼女のそんな言葉を聞いて俺はハッとした。
海翔君は記者に興味本意での取材をさせたくなかったのだ。
だから強行手段に打って出ただけだったのだ。
俺はその時、自分の考えの未熟さを思い知らされた。
(そうだ。俺は考え無しの、根っから甘い奴だった。それに引き換え海翔君は苦労してきただけのことはある)
海翔君はきっと、彼女と彼女を育てた女性のことを記事にしてほしくなかったのだ。
記事にすると二人を傷付けるだけだと言いたかったのだ。
父親である社長が、悲しむことになると言いたかったのだ。
表現や弁論の自由って言葉だけで片付けてほしくはない。
何を言っても書いても認められるなんて、思ってほしくないんだ。
彼女をこれ以上苦しめないでやってくれ。
きっと海翔君はそう言いたかったんだ。
俺は思い出した。
あの、チェリーボーイの一件を。
その人は表向きは常連客で、マダムと呼ばれていたそうだ。
でも裏では汚い手を使って、飽きたホストをお払い箱にしていたようだ。
ホストには永久指名権てのがあって、やたらと変えられないそうだ。
だから、スキャンダルをでっち上げるそうだ。
海翔君の前任のナンバーワンホストがいきなり辞めて、海翔がその座に着いたそうだ。
その見返りに、マダムとの一夜を要求されたようだ。
一応行ってみた。
らしい。
でも逃げ出したそうだ。
(そうだよな、海翔君にはみさとさんがいたんだ)
俺は何も知らずそんなことを考えていたんだ。
クリスマスイヴの日に、みさとさんが就活に東京にやって来た。
その翌日に二人は電撃結婚した。去年まではまだ十六歳で結婚出来たからだった。みさとさんはその時、十七歳だったのだ。
『俺達は、互いに兄妹かも知れないと思って悩んでいたんだ。でも好きだった。大好きだった。だから、みさとを追い掛けたんだ』
以前海翔君が言っていた。
そんなことがあったなんて知らなかった。
俺が初めて会ったのは、忘れもしない。モデル事務所の社長を訪ねて行ったあの日だったのだから。
『愛してる。愛してる。もう離さない』
俺はそう言いながらキスをした。
そんな様子を海翔君がドアの隙間から伺っていた。
『忘れ物しちゃった』
そう言いながら後退りした海翔君を、彼女が慌てて追い掛けた。
その時に彼女は、俺のことや監督のことなどを打ち明けたようだ。
だから、俺と海翔君の交流が始まったのだ。
『訴えよう』
部屋に戻ってきた彼女に俺は言った。
『貴女の両親は借金を背負わされて自殺していた。でも生命保険で完済していると聞いた。その借用書が監督の手にあったは、事務所から盗んだようだ。だから、貴女が監督を恐れる必要はないんだよ』
俺はそう言いながら、彼女を抱き締めた。
『ちょっと尋ねたい。行方不明になっている自動車会社の社長の娘を捜しているのだが……』
監督はそう言いながら彼女が所属していたモデル事務所を訪ねたそうだ。
はるかさんに良く似た娘がいる。
そんな噂を聞き付けたようだ。
監督は本当は、自分の娘を捜していたのだと思う。
でも監督は勘違いした。
監督と結ばれた遥か以前に彼女を身籠った。
と――。
それを知られたくないばっかりに、死んだことにしたのだ。
と――。
だからこそ、憎くて仕方なくなったのだ。
でもはるかさんは社長のプロポーズを断り、意地を通し監督だけを愛することに決めた。
だから……
監督が報道の仕事で戦場に向かう前に自らの意思で訪ねて結ばれたのだ。
はるかさんが本当に愛したのは監督だったのだ。
監督には解っていた。
それだからこそ、社長が許せなかったのだ。
だからこそデビュー作に橘はるかさんと同じ名を付けたのだ。
社長を苦しめたかった。はるかさんと同じ顔をした彼女を傷めつけてやりたい。だから余計にそう思ったのかも知れない。
監督は俺が恋人と同棲している事実を把握していた。
詳しく調べてみたら、元カノの子供の許嫁だった訳だ。
元カノに続いて恋人まで……
思わずカァーと頭に血が上る。
だから俺を懲らしめたくてアルバイトに雇うことにしたようだ。
ヌードモデルの彼女は監督の恋人だと自覚していなかったようだ。だから監督の仕事依頼を引き受けてしまったのかも知れない。
監督の目的は彼女をから俺を遠ざけること。
その当時監督は、仕事でミスをした。
所謂ヤラセ疑惑だった。
後にそれは仕組まれたものだと判明する。
でも、脅されてしまったのだ。
そして、企画に穴を開けたとして多額の借金を背負わされたようだ。
監督に着せられたのは、ヤラセ疑惑だけではなかったのだ。
『AV撮ってでも返済しろ!!』
関係者は監督をどやし続けた。
監督の信用を失墜させて、自分達の利益に結び付けようとしたのだった。
仕組まれたことを知らない人達に、監督を雇わないようにさせるためだったのだ。
それには、AVを撮影させるのが一番だと考えたのだ。
復讐と利益。
一挙両得を狙ったのだ。
何故だか、監督にも判らない。
きっと、取材中にその人達の気持ちを傷付けたのかも知れない。
監督を失意のドン底に落とすためだったようだ。
監督はそれが解っていた。
だから……
社長に焼いたディスクを送り付けたのだ。
本当は社長に助けてもらいたかったのだと俺は思った。
ヌードモデルの彼女は、俺の報道カメラマンになる夢を叶えてやりたいと思っただけだったのかも知れない。
俺はそんな思いを踏みにじった。
今更に、酷い男だったと気付く。
俺は果たして、妻を幸せに出来るのだろうか?
ま、確実に、俺は薔薇色の人生になることは決まっているけど。
二十八年前、小さな産婦人科で誕生した命は三ヶ月後に行方不明となる運命だった。
愛情いっぱいに育ててくれた橘はるかさんは、事故の後遺症で時々育児を忘れる。
でもそれは育児放棄ではなかった。
その人は一生懸命に子供を育てていたのだ。
赤ちゃん手帳を持って検診に行った時、余りに育ちが悪くて通報される。
本当は、乳幼児突然死によって亡くなっていた我が子。
でも信じられず、手帳はそのままだったのだ。
その娘には事故の際に受けた傷があったようだ。
だから、体罰も疑われたのだ。
そのまま、育児放棄として逮捕される。
でも、その後で本当の原因が明らかになる。
橘はるかさんは事故の後遺症で脳に血が貯まっていたのだ。
それが、時々育児を忘れる現況だったのだ。
でもその時はもう、子供は別な施設で橘はるかの娘として生きていたのだった。
育児放棄された娘と言うレッテルを貼られたままで。
社長は監督に子供が渡されたと思っていた。
そう、遺品の中にあった、俺の父が撮影したフィルムを現像するまでは……
監督が悪い訳ではないと頭では解っていた。
それでも俺は監督が許せない。
許せる訳がなかったのだ。
監督と社長とはるかさんの関係は、絶体に知られてはならない。
果たして、俺は嘘を付き続けることが出来るのだろうか?
でもやらなければならない。
俺は、愛の鐘の前でもう一度誓おうと思った。
でも彼女は俺を探しにやって来た。
その時大事なことを忘れていたことを思い出したんだ。
俺は彼女に手招きをして誘い、ハートのお花畑の前に来ていた。
それは海翔君と決めたルールだった。
其処に咲く花で花嫁に贈る髪飾りを作るためだ。
「愛してる。愛してる。もう離さない」
彼女の頭にそれを乗せ、強引に唇を奪った。
隣りでは、海翔君とみさとさんがキスをしていた。
「それじゃ私達も」
そう言いながら……
二人の社長がキスをした。
呆気にとられている俺達に向かって、二人は静かに微笑み掛けた。
「やっぱし、結婚することにした」
同時に言う二人に、俺達は仰け反った。
「えーっ、マジか!?」
でも一番驚いたのは、それを仕掛けた海翔君だった。
「君は本当にサプライズ好きだね。こんな素晴らしい方を伴侶に選んでくれて……、感謝だけじゃ足りないな」
「いや、マジで驚きました。まさか、こんなことになるなんて想像もしていませんでした」
「いや、実は君のトコのオーナーとは以前から知り合いで、何度も紹介すると持ち掛けられてはいたんだ。でも行方不明になっていた娘が心配だったからね」
「そうよ。だからジンから今回の話が来た時飛び付いた訳よ。私ね、社長にマジで惚れていたからね」
社長は海翔君に向かってウィンクをした。
「遣られた!!」
海翔君が踞った。
「この勝負社長の奥様の勝ち!!」
俺は調子づいて、彼女が所属していたモデル事務所の社長の……
じゃあない社長の奥様の腕を高々と上げた。
海翔の機転のお陰で、俺達の結婚式を取り上げた週刊誌は皆無だった。
ただ彼女の父親の工場復活宣言だけが新聞記事に小さくく載っただけだった。
《橘遥はバースデイプレゼンショーの時、本当にヴァージンだった》
そんなタイトルになると思っていた。
『君はなかなか、上手なようだね』
あの言葉を聞いた時、俺は思わず吹き出した。
俺達はこれから此処で生きて行く。
愛する人の隣で生きて行く。
それだけで幸せだった。
それが俺達の選んだ道だった。
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