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憂鬱な日々
私の撮影は月一度。
安全日の中の特に安全な日だけだった。
そう……
又監督の命じられるままに遣られるだけの撮影。
でもそれらの人達は、きちんと病気まで調べられているようだ。
カメラマンが提案書を出して、進言してくれたそうだ。
監督も納得してくれたらしい。生で遣らせて、性病を貰いたくないからだ。
でも監督は金儲けのことしか頭にないようだけど何とか同意してくれたらしい。
エイズや梅毒、毛蝨。
性交渉によって感染する病気は多い。
それらを防ぐために、色々な手段が使用されたようだ。
スキンを使えばその問題は軽減するらしい。
でも監督は、何も付けさせないで遣らせることに拘っていた。
だから、安全な人だけを選ぶことにしたようだ。
使い捨てるより金になるとでも思ったのか?
借金を取り立てるためには近くに置いておいた方が得策だと考えたのか判らないけど……
私は監督の言い付け通りに大学を辞め、新事務所の裏にある小さなアパートでカメラマンの隣の部屋で生活するようになった。
あの撮影の後、本当に妊娠しなかった。
だから以前所属していた事務所が安全日を教えてくれたと言う監督の言葉を信じてしまったのだった。
あのグラビアやビデオを見たらきっと反省して社長が助けに来てくれる。
私はそう思っていた。
でも幾ら待っても、何もなかった。だから仕方なく此処で暮らすようになったのだ。
其処から前にある事務所へ行き、雑用処理の手伝いをさせられていた。
目が覚めたらそのまま布団の中で体温計を舌の上に置く。
それを毎日、グラフに付ける。それは以前所属していた事務所でもやらされていた。
だから苦痛に感じることはなかった。
私の体調管理のためには必要なんだって。
それが何のためなのかも知らされずにいた。
監督との腐れ縁は、その後八年もの間続けられていた。
その横には何時もあのカメラマンが居た。
耐え難い屈辱をファインダーを通して撮し取る。
カメラマンは常に私側にいてくれたようだった。
『待った。先に遣らせてくれ。誰かこのカメラ頼む』
そう言いながら遣ってしまったことが、カメラマンとして恥ずべき行為だと感じていたようだ。だからあんなに御託を並べた訳だ。
でも私はあの時、不思議な感覚になった。
身体の中を通り抜け一番奥の壁をリズミカルに叩かれた時……
私はさっきまで痛くて、辛くて啼き叫んでいたとは思えないような声を出していた。
(もしかして……、あれが喘ぎ声?)
そうだったのかも知れない。私はきっと彼のテクニックでイカされていたのだ。
私は今二十八歳。
グラビアアイドルは限界のようだった。
生で遣らせる橘遥のDVDの売れ行きも落ちて来ていた。
だからなのか?
きっと監督は見切りを付けて、最後に最初の男達と手を組んだに違いなかった。もう一度、私を売り込むために……
だからカメラマンを変えたのだ。
でも何故あの娘が?
私は床にアヒル座りになっているまだあどけない少女が心配でならなかった。
『ハロウィンの悪夢・拉致、監禁そして〇〇〇!!』
監督はその〇〇〇!!のところに再戦慄!!
と入れる予定だったそうだ。
戦慄!! が私のデビュー作品だと知っている人が、そのDVDを売る作戦だったようだ。
『だっておかしいでしょう? 私を脱がせたいなら……、どうしてデニムなの?』
って聞いたら……
『それも、彼方さんの希望。どうやら手こずりたいらしいんだな』
そう言った監督。
(だから、あの娘は助かったの? そうよ。私の時と同じだったらきっと最初から遣られていた……)
その時、監督の言って意味が理解出来た。
(手こずりたいか? でも本当に手こずって本当に良かった)
『そりゃそうだ。前技なんか遣ってたら、コイツは逃げていたよ』
監督のあの日の言葉を思い出す。
きっとあの娘には、その前技もあったんだろう。
私のようにいきなりがどんな結果になるか解りきっているはずだから……
監督にもあの時の悲鳴や啼き声は聞こえていたはずだから……
でも、私だと信じていたはずだ。
(もしかしたら彼女は、その後で……)
考えただけで、震えが来る。
そう……
あの娘も私同様ヴァージンだったのだ。
(よりによって監督は……)
又腸が煮え繰り返る。
やはりあの娘が助かったのはお兄さんがバイクで追い掛けたからだろう。
兄弟愛の力なんだろうと思っていた。
その時私は、大切な人の存在することに気付いた。私の中で唯一果てたあのカメラマンだ。
でも彼は喘ぎ声を上げながら私の身体を堪能して以来、大人しくなっていた。きっと、誰か好きな人とシコシコ遣っているんだろうと思っていた。
又……
あの日がよみがえった。
そんな時、耳を澄ませて隣の部屋音を聴く。
彼に優しくしてほしいのに……
又イカせてほしいに……
もう一度感じたいに……
傍に居るのに言えないもどかしさ。
隣り合わせの部屋に居るのに触れ合えない哀しさ。
そんな時私は、彼の行為を思い出しては疼かしていた。
(貴方が欲しい。今すぐ抱いて欲しい)
私の願いはそれだけだった。
カメラマンのことを思うと、胸が張り裂けそうになる。
苦しくて苦しくて仕方ないこの感情が恋だと解っている。
でも、私から言える訳がない。貴方と遣りたいなんて言えるはずがないのだ。
純情可憐な乙女だった日々が蘇がえる。
もしもあの頃出逢えていたなら……
それでも私は、彼に捧げていたと思う。
私は彼に運命的な何かを感じていたのだ。
最初はお尻を振って拒絶しようとした。
がんじがらめにされていても頑張ったんだ。
でも私はこの人に助けてもらった。
痛くて痛くてどうしょうもなかった時、優しくしてもらった。
あれがあったから私は、苦痛だけだった撮影を乗りきれたのかも知れない。
だから今……
貴方の傍で過ごしたい。
あれ依頼……
一度たりとも感じたりしていない。
あのカメラマンが、あまりに上手だったから。
私のヴァージンを奪った百戦錬磨の俳優より誰よりも……
だから彼のために取っておく。
本当の絶頂は残しておくことにしたのだ。
それが私に出来る唯一の抵抗だった。
私は今まで、監督に言われるままに演技する。
幸い、お客様に顔は見られないのだ。
何故か、監督は私の相手をお客様と呼ぶ。
そのお客様方は、全員バックから遣りたがる。
デビュー作品を思い出して感じたいそうだ。
皆に見られても、撮られてもへっちゃらのようだ。
後でモザイク処理されると解っているから、大胆に遣りたい放題だ。
だから監督も、バック以外はさせない。
私のふてくされた顔を見せないようにしただけなのかも知れないけど。
お客様は、イク前には出して外へ放出する決まりだ。
つまり幸いなことに、私はまだ彼以外受け入れていないのだ。
それだけが救いだった。私の支えだった。
私はただ監督の指導で、ヤラセ演技の喘ぎ声を上げる。
決して、素人のお客様相手に感じている訳ではないのだ。
それでも満足してお帰りになられる。
一体私の何に感じるの?
私は淫らな女になっていくしかないのだろうか?
出来れば、最初が彼なら良かった。
どんなに痛くても我慢出来たのにと思った。
もしあの椅子が此処にあったら、私は自らを捧げたい。
もう一度、八年前のヴァージンだった頃に戻って……
それほど、苦しくて憂鬱な日々だったのだ。
彼に犯されているのに、不思議な感覚になったことを思い出す。
(あれって、イカされた訳? あぁだったらもう一度遣られたい。中年のお客様じゃいや……。若いあの身体で彼に激しく遣られたい。ねぇ、今すぐ此処に来て、私を抱いて……)
私は彼の居なくなった隣の部屋続きの壁に手をやり、其処に彼が居ることを想像する。
身体が熱くなるのを悦ぶかのように……
私はどうして此処にいるの? ふと、そんな疑問にぶつかる。
監督は、何故私を自由にさせてくれないのだろう?
私を育ててくれた両親の借金はあとどれくらいあるのだろうか?
デビュー作品が大ヒットしたと聞いている。生で遣らせるDVDの類いも馬鹿売れしたと聴いている。
なら、それなら今すぐ私を開放して……
私の願いはそれだけだった。
そんな時、偶然懐かしい人に合った。
私の高校の大先輩で、同じ大学に通っていた人だった。
高校を卒業して語学を勉強するためにアメリカに渡り、やはり日本の大学に入ろうと帰国したのだ。
彼女は私が以前所属していた事務所に努めていた。
私はこの人の紹介で雑誌やチラシのモデルなどをやっていたのだ。
そう……
私もハロウィンの悪夢で拉致された少女のように高身長だったのだ。
彼女が私に間違えられたのは着ている服装やヘアスタイルだけではなかったのだ。
あの屈辱のバースデープレゼンショーの時私はショートヘアーだった。
だからあの三人組は彼女を拉致したのだと思ったんだ。
その人は、私の近況を聞いてきた。
私は、本当は話したくもない新宿駅東口の拉致事件を泣きながら訴えてしまっていた。
そしたら、以前在籍していた事務所の社長が私のことを凄く心配していると言った。
「嘘ばっかり……」
私は思わず言っていた。
「社長は私をあの監督に売ったじゃない」
そう言ったら、信じられないって言うような顔をされた。
私はその時、一度事務所を訪ねてみるように説得された。
悲しかった。
何故私を監督に売った人に会わなきゃならないのかが解らなかった。
「マジよ。マジに本当よ。社長は貴女を売ったりなんかしていないって」
彼女は力説した。
「私のデビュー作品見た?」
「あぁ、あの処女を売るってヤツ? うん、見たことは見たわよ」
「実はあの日が安全日だったんだって。監督は事務所に教えてもらったって言ってる」
「えっ、嘘ー!? そんなの有り得ない」
「本当なんだよ。監督は、私の両親の借用書も持っていたの。だから身体で払ってもらうって凄んでね。私怖くて、従うしかなかったんだ」
でも私の話など彼女は信じていない様子だった。
「兎に角、一度訪ねてみて……」
彼女はそう言って席を立った。
「絶対に行ってね。約束よ。もし、貴女の話が事実だとしてもね。そうだったら、その悔しさぶつけてみたら?」
「聞いてくれるかな?」
「聞かせなくちゃダメ。社長何も解っていないようだから」
彼女の言葉が気になった。
(社長が何も解っていないって、一体なんのことなんだろう?)
私はこの時、社長に会ってみようと思い始めていた。
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