4人が本棚に入れています
本棚に追加
Ⅰ.イカリソウと白雪姫
‘’ 262×年の6月の丁度梅雨入りと集中豪雨が重なった先日、バージャー病を患い、原因不明の病を隠していたバーンスタイン家のベンジャミン氏が子供達と妻であるベラドンナ氏との御食事中に様態が急変し、その場で息を引き取られたそうです。又、妻のベラドンナ氏は「あの人は子供達にも自然にも周囲の動物や人間にも、そして私にも優しくして下さいました。あの人の死は悔やんでも悔やみきれません。何であの人が先に死ぬ羽目になってしまったのでしょうか。今は途轍もなく心苦しく食事も水分も何も通らない様な状態が子供達もここ最近ずっと続いています。もっと早くあの方の様態に気づいてあげれば良かった。」等と述べており....
と新聞紙には書かれていた。
私は基本、スマホ等の方がニュースや情報は早く得られるし不必要な内容や手間は省けるからスマホの方が良いと周りから念押しされても絶対にスマホよりも新聞紙等の情報が明らかにスマホ以上に信頼性の高いものを選ぶように、と昔から心に決めている。正確に言えば、父からそう教え込まれたと言ったほうが良いかも知れない。TVニュースも嫌いではないが、やはり個人的には新聞紙を推したい。
少し話がそれてしまったが、この記事は私が9歳だった頃即ち7年以上は前の少し古い方に分類される記事であろう。見ての通り、この記事は私の故人であるパパの死を世間全体に知れ渡らせた衝撃の記事の一つになったと思う。
何故そう思うかって?
だってパパは私を紛争地域から拾ってくれる前からもずっと人道支援を行っていたから。因みに少しだけ言っちゃったけど、私は実際はこの人の子供じゃなくて別の人の子供なんですって。それもある地域では凄く有名な魔女一家なんだとか。けどパパ曰く、ある日を堺に起きた‘’魔女狩り‘’の影響で私の両親は責めて私だけでも逃がしてやらなくては...という思いから、昔ちょっとした出来事がきっかけで仲良くなった捕虜のおじさんに私を預けたの。それでもすぐ私の存在がバレちゃって、そのおじさんは私をパパに渡して自分の命と引き換えに私を見逃すように頼んでくれたんだとか。
酷い話よね。私のことなんかさっさと見捨てて打首にしてくれても良かったのにとか少し思っちゃうけどな。
‘’そういえば心の中のお喋りさんは今日は何をするの?‘’
ふといつもの様に自分の心に聞いてみる。
‘’今日はノエルと一緒にあの女の墓にイカリソウをお供えしに行くよ‘’
‘’あら、そうなのね。イカリソウなら丁度沢山あるの。支度したらいきましょうか。‘’
‘’あの女‘’、今日も呑気にお墓で熟睡中かしら。ふふ、でもそれならあのときと同じ様にしてあげればいいものね。待っていてね、すぐ会いに行ってあげるから。
*
11歳。父の告別式も何もかも全てが終わり、世間から父の死を忘れられかけ始めた頃だろうか。バーンスタイン家にも少しだけ光が取り戻されつつある頃だった。
「皆、これから大事な話があるの。いい?ちゃんとお耳をこちらに向けて聞き逃さないようにするのよ。」
何故か母親(仮)ことベラおばさんが急に私達3人を大きなホールに集めて話を始めた。
「ガキじゃねえんだから分かってるに決まってんだろうが...」
少しイライラした様子でノアは伸びた白髪の髪をぼりぼりと掻く。
そういえばレオとノアは今年で21歳だったっけ。5歳の差があるだけなのに少し大人びて見える。
「僕もノアに賛成。ノエも僕もノアもやる事沢山あるからさ。」
ニコニコしながらレオもノアの意見に賛同しているが、目の奥は笑っていない。反抗期の影響なのか、それともお父様の死が影響しているのか。若しくは何方でもないのかは私が知る由もないだろう。
「はいはい...」
ベラおばさんは、小声で‘’後で覚えとけよ餓鬼共‘’とつぶやきながらも平然を装った表情で話を勧めていく。その声が聞こえていたのか、私の両端にいる絶賛反抗期中の少年二人組は何か言いたげな表情で私が聞き取れないくらい小さな声で何かを呟いていた。
「それでは紹介するわ。この人が貴方達の新しいお父さんよ。」
5分程度室内で待たされた後、ベラおばさんは如何にも食に貪欲そうなまあまあ背の高い男を連れて歩いてきた。
「誰このおじさん」
「あら失礼ねノエルったら... 今日から貴女のお父さんとなる人よ?ちゃんと礼儀正しくしなさい。」
私の言動に対してベラおばさんは顔をしかめながら私に文句をつけてくる。だってしょうがないじゃない、私にとったらただのおじさんだし。急に
‘’この人が貴女の新しいお父さんよ‘’
って言われて素直に喜べるのは良くて3歳児まででしょ。
「紹介が遅くなり申し訳ないね、私の名前はロレンツォだ。さっき彼女の口から出た通り今日から君達の‘’お父さん‘’になる。最初は未だ名前だけの家族かもしれないが、君達の理想像に当てはまるような...言わば彼の様な人になれるよう精進するよ。」
私とベラおばさんの話を邪魔しないように頃合いを見ながらおじさんが自分の自己紹介を始めた。彼はロレンツォと自身を名乗り、職業はとある企業の代表取締役社長なんだとか。こんな事を言うのもあれだけど、見かけによらず意外と職場では上位層なのね。
「へえ」
ノアはあからさまに‘’つまらないんで早く終わらせろオーラ‘’を出しながら、前よりも少し大人びた声で適当に反応している。皆お父さんがこの世を去ってから変わってしまった。
お父さんが居たときはもっと明るい雰囲気でもっと居心地が良かったのにな。あの頃に戻りたい。
お父さん、なんで急にいないの?
「そうだ、これから皆でミートパイでも作って食べない?」
私が知らない間に話が進んでいたようだ。うちでミートパイは余り食べたのは確か....
何だか思い出せないけど、今は作りたくないし記憶も思い出したくない...
なんで今ベラおばさんはこんな提案をしてきたんだろう。ベラおばさん一人で作っていれば良いでしょうに...
ベラおばさんにくせになん――――――――
「気分乗らないから無し」
「作るの面倒くさくね?作るならベラおばさん一人で作れよ」
私の脳内の思考回路を歯止めするようにノアとレオが意見を述べる。
お兄ちゃん達も同じ意見で少し安心した。
「あら、そう...じゃあノエルは?貴女は作るわよね?」
「私、は...」
何でこの人決めつけた言い方で言ってくるんだよ.....。
一番返答に困る言い方をされると言いづらい。
「別にノエルだけを強制的にやらせなくても良いだろ。ノエもやりたくなければ俺らと散歩でもしていようぜ。」
ノア兄が何とかフォローに入ってきてくれた。普段からそこまで兄に頼らないで一人で全てこなそう意識しているからか、こういうときにお兄ちゃんが迚も役に立つ。
「ならノエルもレオとノアの方に行くの?」
又悪魔のような顔をしたベラおばさん、いや悪魔が話しかけてきた。そんなしつこく聞いてこられても困るのだが....と感じながらも、
‘’その通りです‘’
と意思表示するように兄の服の裾を掴む。
「よし、行くか。」
幼少期から変わらぬ黒猫のような愛らしい表情で私に微笑みかけながら、悪魔達のいる場所から去ろうと兄が私の腕を自身の方に引き寄せる。そこに比例する様に私も兄の手を強く握りしめる。
「―――じゃあ後でお前達全員に部屋の荷物出しと片付けを手伝ってもらってもいいか?」
‘’え...だる...‘’
兄2人は小声でぶつぶつ呟きながら、まるでアンモニアの匂いでも嗅いだのかと感じるくらいきつそうな表情を露骨に出している。その顔を見てベラおばさんの方も少し顔をしかめているが、対してロレンツォおじさんの方は特に表情は変えず、ニコニコ微笑んでいる。正直言うと少し気味が悪い。
「時間と余裕があればね。」
正直私も兄と同じく面倒臭いという気持ちが強い。今日は普段と違って情報量が多すぎると言うか、
「言っとくけど俺らはお前のこと父親として認めたつもりじゃないから。」
レオ兄がノア兄を宥めるも、ノア兄の機嫌は直らない。傍から見ている私にとって今のノア兄は最早アリス・イン・ワンダーランドに出てくる‘’ハートの女王‘’みたい。
そんな事を考えながら私達は父の帰り道を辿るように散歩へと出かけた。
最初のコメントを投稿しよう!