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「おやめなさいったら」
「だから、飛ばないっていってるでしょ!」
次の日も、ぼくらは屋上で同じやりとりを繰り返していた。彼女は同じ場所で空を見ていた。それどころか、昨日に増して飛び立ちそうな様子であった。これはいけないとぼくは考え、再び声をかけたのだ。
「いや、きみは今日こそ飛ぼうとしていた」
ぼくは言った。
「なんでそんなことわかるのよ」
「きみの表情に、精神的助走をかいま見たのです」
「意味わかんないんだけど……」
浪川さんの瞳の光が、陽炎みたいに揺らぐ。
「だいたいあなた、人のことをどうこう言っている立場なの?」
「と、いいますと?」
「その格好や、言動のことよ。まずは自分自身の奇怪っぷりを改めたら?」
「これですか。この出で立ちには深い理由があるのです」
「どんな理由よ」
「ぼくは、死なないことに命をかけているんだ」
そう、すべては命を守るため。これは、有事の際の生存確率を限りなく上げるべく、ぼくがあみだした最強装備である。
「例えばそのヘルメットは?」
浪川さんが言った。
「衝突対策です」
「なにが落ちてくるっていうのよ」
「もしかしたら落ちてくるかもしれないでしょう。鉢植えとか、ごつい灰皿とか、隕石とか」
いや、隕石は防げないだろう、と浪川さんは言った。そうかもしれないが、何もないよりはマシだというのがぼくの意見だ。
「本物の変人さんなんだね……」
「いかにも」と、ぼくはうなずく。
「わかったよ……いや、手段は理解できないけど、どうしてそこまで生きることにこだわっているの?」
「簡単です」とぼくは言った。
「生きてりゃいいことあるらしいからです」
なによそれ、と浪川さんは言った。心なしか声音が重たい。
「そんなの、嘘っぱちだよ……」
そんなことを言わないで欲しいな、とぼくは思った。その言葉が嘘だとしたら、ぼくはとても困るのだから。
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