ハルの憂鬱

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ハルの憂鬱

今更、なんだよ ----------------- 今日は雨。 傘をさして歩いても風が吹けば微妙に服を濡らす雨滴。 靴も靴下も僅かに湿っている。 天気予報では今日はずっと雨らしい。 蒸し暑い、じめっとした風が私の肌を掠めていく。 「…帰りたい。」 雨は憂鬱だ。 頭も体も重たい。 今日は朝練で千鶴はいないので ひとりとぼとぼと歩いて学校に向かっていると 栗色の長い髪を揺らしながら気だるそうに歩く 私が今1番会いたいけど、会いたくない人が 目の前を歩いている。 (相澤さんだ、、、) 声をかける? いや、気まずい。 でも話したい。 顔をみたい。 (私が避けてどうすんだよ、、、) 相澤さん言ってたじゃないか。 『キスなんてただ唇が触れ合うだけ。』 相澤さんは何も気にしてない。 私が普通にしていれば大丈夫。 変に気を使わせちゃだめだ。 (平常心、平常心) 私は自分の心に言い聞かせながら ゆっくり深呼吸をして 目の前を歩いてる彼女に声をかけた。 「相澤さん!おはよ!」 彼女は立ち止まってゆっくり 後ろを振り向く。 相澤さんの目が私を捉えた。 「…おはよ」 相澤さんの可愛い声が私の耳に響く。 (あ〜可愛い) じゃなくて!!! ばか!私のばか! 平常心!平常心よ!!! 「眠そうだね!」 「…眠い」 「雨だし、余計にだよね〜」 「そーだね」 会話終了。 お互い、ただ無言で歩き出す。 (おいおい、気まずいじゃねぇか。 何か話題、、話題を、、) 「あ、相澤さんって休みの日なにしてんの?」 「特になにも。」 「そ、そうなんだ」 「うん」 はい、終了。 俺のターンおわり。 (なんか、今日の相澤さん 少し不機嫌??) いつもなら、もう少し話題を 広げてくれるけど今日は 一言一言が短い。 まるで私と話したくないみたいに感じる。 (やっぱ、キスの事怒ってんのかなぁ?) だとしたら、まずい。 謝るべき?? ここはちゃんと謝るべきなのだろうか。 でも、それはそれで 失礼すぎない??? 謝るくらいならキスするなって感じにならない? それとも私が気にしすぎてるだけ? (わっかんねぇええええ) ひとりもんもんと考えてると 相澤さんの足が止まる。 「……」 「相澤さん?どしたの? た、体調悪い?」 「ねぇ、ハル」 「は、はい」 相澤さんはゆっくりと私の方に顔を向ける。 「………」 「あ、相澤さん?」 相澤さんはただ、私の目を見つめるだけで 何も言わない。 「えっと、、その、、どうしたの?」 「……」 なんなんだいったい。 なんで何も喋らないんだ。 私の額に少し汗が滲む。 「「………」」 何も喋らないのでどうしたらいいのか 分からない私は黙る。 お互いに喋ることなく ただ見つめ合う。 しばらく無言で見つめあっていると 相澤さんは小さくため息をついて 「…やっぱなんでもない 早く行こ。」 そう言ってまた歩き出す。 私は慌てて相澤さんの後を追う。 これ以上何も言わなかった、言えなかった。 -------------------- 「じゃ、じゃあ 今日も1日頑張ろうね!」 「…うん」 学校について、お互い自分の教室にむかう。 (結局、あのまま何も喋れなかった) 本当になにしてんの私。 相澤さんもいったい何を考えてるんだろ。 こういう時、相手が何考えてるか 分かればいいのに。 天気も悪いし、相澤さんとも気まずいし 私は憂鬱な気分でうんざりしながら 教室の扉を開けた。 「おはよー」 「あ、ハル!おはよー!」 「おーす!」 「…おはよー」 挨拶してくれる子たちに私も 挨拶を返しながら自分の席につく。 みんな元気だなぁ。 私が机で項垂れていると 千鶴が声をかけてくる。 「…おいおい、朝から 死にそうな顔してるぞ、、」 「…あー、千鶴おはよ」 「おはよ。 てか、なんかあったの?」 「んー」 千鶴は心配そうな顔で 私の顔を覗き込んでくる。 「…朝さぁ、相澤さんに会って 一緒に登校したんだけど」 「うん」 「タイミングが悪かったのか何なのか分かんないけど 相澤さんの機嫌悪くて、話しかけてもなんか あんま喋ってくれなくて、、、」 「体調悪いんじゃないの?」 「んー、、聞いたけど何も言わないの。」 「うーん」 「で、なんか気まずくてずっとお互いに黙ってたんだけど、 相澤さん、喋ったと思ったらやっぱいいとか言ってそれから何も言ってくんないし、もう私はどうしたらいいのか分からない、、、」 私は、さっきの出来事を思い出して また憂鬱になる。 「なるほどなぁ、でも 本当に体調悪くて、あんま喋りたくない気分だったかも知れないしとりあえずは様子見てから考えようよ。 言っただろ、時間はあるんだからゆっくり考えろって」 「…だよなぁ」 決めつけは良くない。 もしかしたら元気がなかっただけかもしれない。 とりあえず焦らないで様子を見よう。 「まぁ、あれだ またなんかあればいつでも相談しておいで」 千鶴は優しく笑って 私の頭を軽く叩いて自分の席へ戻っていった。 (昼休みになったら、相澤さんの様子見てみるか。) キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン そんな事を考えてると ホームルームの始まりをつげるチャイムが鳴った。 ああ、憂鬱だ。 4時間目の授業がおわり 昼休みの時間だ。 私は待ってました、とばかりに 教室を出て相澤さんのクラスへと向かう。 相澤さんのクラスは1番奥にある。 (平常心、平常心。) 大丈夫、様子を見るだけだ。 なにもやましいことはない。 きっと大丈夫。 落ち着け、私。 相澤さんのクラスに近づいていくたび 私の心臓は激しく音をたてる。 (あと、少し。) 「…はるちゃん?」 「え?」 いきなり名前を呼ばれた。 でも、この声は相澤さんの声じゃない。 振り返るとそこにいたのは 私が中学1年から3年の初めくらいまで付き合ってた人。 「…胡桃」 佐々木 胡桃 (ささき くるみ) 私の初めての初恋で、初めてできた彼女。 そして、初めて失恋をした相手でもある。 同じ高校に入学した事は知っていた。 正直、会いたくなかった。 なんで、今このタイミングで声かけてくるかな、、、 「久しぶりだね。」 「んー、そうだね。」 私は頭をかきながら胡桃を見る。 別れた時より髪は短くなっていて 少し雰囲気が変わっていた。 (そりゃ、そうか もう別れて半年以上は経つし) 「はるちゃん、雰囲気変わったね。 なんか、トゲがなくなった。」 「…もう高校生だし いつまでもガキみたいな事やってらんないよ」 「あはは、そうだよね。」 彼女はクシャっと笑った。 昔はこの笑顔がみたくて もっと笑ってほしくて 毎日毎日頑張ってたなぁ。 でも今となってはどうでもいい。 私がみたいのは胡桃の笑顔じゃない。 あんなに好きだったのに、大好きだったのに 別れた時だっていっぱい泣いた。 でも今はなんの感情もない。 笑いかけてくれてもドキドキなんてしない。 「じゃあ、そろそろーーー」 私がそう言いかけると私の言葉を 遮るように口を開く胡桃。 「はるちゃんのクラスってこっちと逆だよね? 誰かに用事??」 別に誰だっていいじゃん。 なんだっていいじゃん。 早くどこかにいってくれ。 頼むから、お願いだからこれ以上 憂鬱な気分にさせてくれるな。 「まあ、そんなとこ。」 でも、強くは言えない。 ここはグッと堪えて大人になるんだ私。 「ふーん…」 「まあ、そういう事だからそろそろ行くわ。 早く行かないと昼休み終わっちゃうから。」 私はその場を去ろうとすると 胡桃の手が私の腕を掴む。 「…なに?」 「ねぇ、はるちゃん 私、考えてたんだずっと」 「…っ、何を?」 「私たち、ヨリ戻さない?」 「…は??」 私は胡桃の言葉を理解できなかった。 何言ってんの?なんで今更?? どの面下げてそんな事言うの? 「私、やっぱりまだはるちゃんの事が好き」 私はその言葉を聞いて 頭が真っ白になる。 変な汗が頬を伝う。 なんで?なんで?なんで? こいつは何なんだ? なんでこんな事を平気で言える? 今でも覚えてるよ。 お前が私に投げつけてきた言葉。 『他に好きな人ができたから別れて欲しい』 『はるちゃんと居ても幸せになれない』 『はるちゃんなら私がいなくても大丈夫。』 『ごめんね、はるちゃん。 幸せになってね。』 私の言葉もなにも聞いてくれなくて ただ、自分が言いたい事だけいって 別れを告げたのはお前じゃないか。 「はるちゃん?」 「……っ」 せっかく忘れてたのに。 なんで、簡単に、こんな事が言えるんだよ。 こいつは私にした仕打ちを覚えてないのか? 私は強く自分の唇を噛み締める。 せっかく治りかけていた傷が 開き血が滲む。 「はるちゃん、聞いてる?」 ああ、頼む、頼むからその声で私の名前を呼ぶな。 私を見るな。近づくな。 父親が死んで、心が空っぽになって あの時支えて欲しかったのに そばにいて欲しかったのに お前が私にかけてくれた言葉は 優しい言葉じゃなくて 『さよなら』だけだったじゃないか。 勝手に離れたくせに、勝手にどこかへいったくせに 今更、なにがしたいんだよ。 心がザワつく。 泣きそうだ。 早くこの場を去りたい。 ああ、もうだめだ。 耐えられない。 目の前が霞む。倒れそうだ。 掴まれてた腕が引き剥がされて ふわっと誰かに抱きしめられた。 「ハル」 「…っ」 栗色の長い髪が私の視界をちらついた。 この声は、この甘い香水の匂いは 「大丈夫、落ち着いて。」 「あいざわ、、さんっ」 ああ、会いたかった。 すごく会いたかった。 「ちょ、なに」 胡桃は今起きてる状況に動揺を隠せない。 「うるさい。」 「いきなり、でてきて、なんなの、よ」 「…うるさいって言ってんじゃん。 少し黙ったら?」 「相澤さん、関係ないでしょ。 今、はるちゃんと大事な話してたんだけど。」 「だから?なに? 一方的に話してただけでしょ?」 「それは…っ」 「しつこい。 早くどっか行ってくんない?」 相澤さんと胡桃が言い合いをしていると 周りにいる生徒達が騒ぎだす。 『え、なに?』 『修羅場?』 昼休みだし、もちろん 周りに人はいるわけで 廊下の真ん中で 抱きしめられてる私。 抱きしめてる相澤さん。 それに向かい合う形で立ってる胡桃。 そりゃ、目立つよね。 「なんなのよ。むかつく。もういい …またね、はるちゃん」 胡桃はバツの悪そうな顔でその場を後にする。 もう会いたくない。 話したくない。 またね、ってなに? 胸がまたザワついた。 「…ハル、場所移動するよ。 動ける?」 「…うん。」 相澤さんは私の腕を掴んで 歩き出す。 ああ、相澤さんが来てくれて良かった。 あのままだったら私は泣き崩れてた。 1人じゃ無理だった。 でも、なんで 相澤さんは私を助けてくれたんだろう。 あんな廊下の真ん中で、他の生徒達もいる中で ただえさえ、相澤さんは目立つのに わざわざ私のところに来てくれたの? 分からない。 少しは期待をしてもいいのかな? なんて、そんなの有り得ないよね。 私は相澤さんに腕をひかれて 少し半泣きになりながら 相澤さんの後をついていく。 ふと、窓の外を見ると 雨はより一層強くなっていた。 ________続く。
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