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全くない。
今日のやる気は乙女川で使い果たした。
早く終わってくれと願いながら働くと何故時間が長く感じるのか。
勤務時間の終わりと共に遅刻して来たくせに誰よりも早くタイムカードを押してアルバイト先を出た。
夜の風の冷たさは世間の冷たさときっと同じだよな、何て訳の分からぬ事を思ったりしながらアパートに帰り着いた。
コンビニに寄るのを忘れた俺の晩飯は朝と同じカップラーメンだ。
カップラーメンに無気力にお湯を入れ、ため息を繰り返し待つ事三分。
出来上がったカップラーメンを啜ると、むせた。
ごほごほ、と苦しい咳を繰り返す。
今日は何をやってもだめだ。
厄日と言うやつかも知れない。
静かに麺を啜りつつ考える。
季夜に何て報告したら良いのか。
乙女橋での出来事は俺の中で恥にしかならない。
尻尾を撒く犬の如く、橋の上を橋だけに走り去ったみっともない俺。
季夜、頼りない友人ですまない。
「はぁ……」
カップラーメンを完食すると俺はベッドに寝そべった。
慣れない事をした疲れ、アルバイトの疲れの波に飲まれて爆睡した。
目が覚めたのは朝の四時。
目は覚めたが、眠気がまだあり非常に眠たい。
眠たいが、起きなければならない。
やる事があるのだ。
季夜にポチの事を報告しなくては。
寝た事で少し頭がクールダウン出来た。
一人でうじうじしていても仕方がない。
季夜に話して、ポチの事をどうすればいいか相談しようと思う。
眠気を覚ましたくて熱いシャワーを浴びた。
すっきりとして良い気分だった。
シャワー一つでこんなにすっきりするならもっと早くにシャワーを浴びるべきだった。
ごしごしとタオルで頭を拭きながらヒーターを足下に引き寄せ、首に下げているネックレスの存在を確かめる。
初めて季夜を引き寄せて以来、ネックレスはずっと俺の首に下がっている。
まるでお守りだ。
頭を拭いていたタオルを肩に下げて、目を瞑り、季夜を思う。
季夜。
季夜。
季夜……。
「住原!」
季夜の声だ。
「季夜!」
季夜の存在を感じて、ほっとした。
「住原、ポチはどうだった?」
待ちきれ無いという風に季夜は言う。
「それが……」
俺は季夜に事の顛末を話した。
ポチに季夜が死んだ事を信じて貰えなかった事。
それ以上話は出来ず、追い返されてしまった(逃げ出してしまった)事を話す。
「俺は途方に暮れるばかりで結局、何も出来なかった。ごめん」と俺。
「謝るなよ。こっちこそ無理をさせて悪かった」と季夜。
「これからどうしたら良いか、俺にはさっぱり分からないんだよ」
俺の台詞に季夜は、「まだやってくれるのか?」と言う。
「当たり前だろ。彼女とちゃんと話したい。季夜のメッセージを伝えないと」
「ありがとう、住原。恩に着る」
「じゃあ、守護霊にでもなってくれよ」
「出来たらな」
季夜は笑った。
季夜と話すと沈んだ空気も直ぐに澄んでくる。
全く不思議なやつだ。
「それで、どうしたら良いと思う? 彼女に俺の言う事を信じてもらうにはどうしたら良い?」
俺の質問に季夜は、「うーん」と唸り声を漏らした後、「あっ!」と明るい声を出した。
「何か思いついたか?」
「ああ。ポチの前で、口寄せをやってみるんだよ」
「へ? でも、それって怪しく思われないか? 口寄せの事、どうやって説明するんだよ。俺の体に季夜が下りて来ます、何て言ったら変人扱いされるんじゃないか?」
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