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奇跡
眩しさで目が覚めた。
開けっ放しのカーテンから日の光が差し込んでいる。
もう朝だ。
夢。
季夜の夢を見た。
俺は布団から起き上がると見た夢の事を考えた。
遠ざかっていく季夜。
季夜との約束。
「俺は何を約束したんだ?」
思わず一人、呟いてしまう。
俺は頭の中から記憶の全てを出し切ろうと眉間に力を込めた。
そうして、唸る事、数分。
全く思い出せない。
いや所詮夢だ。
約束なんかしなかったのかも知れない。
しかし、何処か引っ掛かる。
「うーん……」
最後の力を振り絞って考えてみるも無残だ。
「大学……行くか」
食欲は全く無かったが俺はパン一枚と牛乳で朝食を食べ、支度をしてアパートを出た。
今日も講義は上の空だった。
ずっと夢の事を考えていた。
何度もただの夢だと自分に言い聞かせた。
しかし、気が付くと夢の事を考えてしまうのだ。
約束。
季夜との約束。
それがあるとしたら何だろう。
ただの夢……であって欲しくない。
約束が俺と季夜との間をまだ繋いでいてくれる。
もし、本当に季夜と何か約束をしたのだとしたら果たさなければならないと思った。
それが使命だと、そう信じたかったんだ。
チャイムが鳴り響き講義の終わりを告げた。
講義が終わると仲間の一人が、「なぁ、住原」と話し掛けて来た。
「うん?」
俺は戸惑い、頼りない返事をした。
何と言うか、仲間に話し掛けられるのも意外な気がした。
俺は今日、大学へ来てから仲間と顔を合せていなかった。
俺と仲間を繋ぐのは季夜の存在だけだったから、季夜がいないと仲間の中に入って行くのは、何と言うか、心細く感じた。
仲間といても何とも居心地が悪いのだ。
季夜の通夜に一緒に行った時も仲間の中で俺だけ浮いている様に思えた。
俺なんかが仲間の輪の中にいて良いのだろうか、と言う疑問の下に俺は自然と仲間と距離を置いたのだ。
「大丈夫か? お前」
言われて、何が? と思う。
俺は沈黙した。
「いや、今日もぼんやりしてたから。多田野の事、まだショックなのかな、と思って」
「当たり前だろ!」
カッとなり、つい大声を上げた俺に、何事かと学生達の注目が集まる。
挙動不審に辺りを見回せば他の仲間達が固唾を飲んで俺達を見ているのに気が付いた。
気まずい。
話し掛けて来た仲間も気まずそうだ。
「悪い。勿論、俺もまだショックだよ。他のやつらもそうだ。だからその……何ていうの? 何かあるなら言えよ」と仲間が言った。
「えっ」
俺は驚いた。
こいつ、俺の心配をしてくれているのか。
仲間の輪の中から抜けようと思っていた俺を。
季夜がいなければ一緒にいても意味が無いと思った俺の事を。
心配して、声を掛けてくれた。
何だよ、それ。
じわりと何かが込み上げて来た。
温かくて苦いもの。
俺はそれを飲み込んだ。
そうしないと何かが零れそうだったからだ。
「ありがとう。あのさ……」と俺。
「ん?」
仲間が瞬きをする。
「あの、俺と季夜。何か約束とかしてたかな?」
俺の台詞に仲間は首を横に傾げた後、強く目を瞑った。
そして目を開き、「分からない」と力なく言った。
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