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「そうか。ありがとう。山野」
出来るだけ明るい顔を作って俺は山野に言った。
全ての講義が終わった。
俺は仲間達の下へと行き、話をした。
何の話をしたかと言えば、まあ、何でも無い話しだった。
誰も季夜の事には触れずに、明日の講義の事とか。
それで、じゃあな、と言って別れた。
去り際、仲間達が揃って、「また明日な!」と言ったのが、何だか堪らなかった。
大学を出て何処へも寄り道せずに真っすぐアパートへ帰る。
冷えた手で錆びついた玄関ドアを開ける。
部屋は寒くて静かだ。
赤い色の小さなヒーターを付けた。
カップラーメンに注ぐお湯を沸かした。
やかんから吹き出る白い煙を吸い上げる換気扇の回転は頼りない。
俺は、しばらく白い湯気が換気扇に吸い込まれていくのを眺めていた。
やかんが、じわじわと音を立てた。
はっとしてコンロの火を止めた。
そして、やかんから直接カップラーメンに湯を注いだ。
カップラーメンを小さな折り畳み式の座卓へと運び、カップラーメンの蓋の上に箸を揃えて載せた。
座卓の前に座り、ふぅっと一息。
棚の上にあるデジタル時計に目を向ける。
三分は長いな、と思った。
季夜との約束の事をまた考える。
それしか考える事が浮かばない。
考えているうちに十分経って、俺は慌ててカップラーメンの蓋を開けた。
カップラーメンの有様に俺は眉を顰めた。
俺の思考が再び季夜との約束について動き出す。
「何だっけ、約束した……よな」
段々と確かにそんな気がしてきた。
俺はやや伸びた麺を啜りながら考え続ける。
約束破ったら針千本だぞ。
夢の中で季夜はそう言った。
この台詞……。
「ああっ!」
俺の口から麺が飛び出る。
折り畳み式の座卓の上に口から出た麺が横たわった。
しかし、そんな事は気にしていられない。
約束破ったら針千本。
確か、現実でも季夜は俺に同じ事を言った気がする。
いつ?
何処で?
何時何分何曜日?
地球が何回回った日だ?
「あっ……」
そう、確か二人で占いの館に行った日。
あの時、約束したんだ。
「くそ、何だっけ。思い出せねー!」
俺は、イライラしたまま、うろうろと辺りを歩き回り、苛立ち紛れに床に落ちている雑誌を蹴飛ばした。
蹴飛ばした雑誌は壁に当たり、俺の足下へと戻って来た。
雑誌のページが捲れて海をバックに水着姿のグラビアアイドルが子犬を抱えて微笑んでいるのが目に映る。
俺の目はグラビアアイドルより彼女が抱えている子犬の方に釘付けになる。
プードルだ。
犬。
犬?
プードルの潤んだ瞳が俺に何かを訴えかけている。
そうだ。
「ポチだ!」
勢いよく雑誌を掴んでプードルを見つめる。
季夜は俺にポチの事をよろしく頼むと言った。
確かに、そう言ったんだ。
「ポチ、ポチ、ポチって何だよ」
座卓の前に座り俺は数分間考えていた。
考えても犬の事しか頭に思い浮かばない。
季夜のやつ、犬なんか飼っていたか。
季夜は俺と同じくアパートに一人暮らしだった。
季夜のアパートへは何度も遊びに行った。
一人で行って季夜と、だらだらとだべったっけ。
仲間達とお邪魔して騒いで隣人に壁ドンされたりした事もあった。
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