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それにポチが何であれ、季夜に頼まれたからといって季夜の家族から季夜の物を奪うのはやっぱり躊躇いを感じる。
だが、どうしてもポチについて知りたかった。
知る必要が大いにあると思った。
季夜の家族に連絡する決意は固めたが、俺は季夜の家族の連絡先を実は知らない。
知っているのはおそらく季夜が亡くなった事を季夜の家族から電話で聞いた仲間の一人だが、それが誰だったのか。
さっき電話で散々ポチの事を聞いておいて、今度は季夜の家族の連絡先を教えてくれだなんて言うのはどうなのか。
「ああーっ、考えてても仕方ねー!」
俺はスマートフォンを手に取り、アドレスを開いた。
アドレスの中には季夜の連絡先が残っていた。
それが何だかとても切ない。
スマートフォンに浮かぶ季夜の名前をタップしてみる。
季夜のアドレスが開かれた。
季夜のスマートフォンの電話番号にメールアドレス。
それを俺は眺めた。
季夜が生きていた時、この電話番号に散々電話をした。
電話で季夜とどうしようも無い話を散々……。
「…………」
俺の指が季夜の電話番号を押す。
もしかしたら、電話が繋がるかも知れない。
そう思ったのだ。
だめで元々。
もしかしたら天国の季夜に繋がったりして、何て乙女チックな事を思ったりする。
はたして電話は繋がった。
「もしもし」
電話の相手の声は当たり前の様に季夜では無かった。
女の声だ。
その、少し低めの聞きなれない声に俺は緊張する。
電話が繋がった事にも大いに驚いた。
半分冗談のつもりで掛けた電話だ。
緊張からか俺の手は震えていた。
しかし、緊張している場合では無い。
「もしもし。あの……そちら多田野季夜さんの……ケータイですか?」
途切れ途切れにそう話すと、「はい、そうですが。私は季夜の母です。あの、あなたは?」と返って来た。
電話の相手は季夜の母親だった。
季夜の母親はまるで俺の事を怪しむような声色で話した。
俺はすぐさま身分を明かす。
「あっ、僕は、多田野君の大学の友人で住原と言います」
「住原さん?」
「はい」
「もしかして住原大さん?」
「はい、そうですけど……」
俺の眉間に力が入る。
何故、季夜の母親が俺の名前を知っているのか?
仲間と連名で出した香典で俺の名前を見たのだろうか。
「住原さんの事は季夜からよく聞いていました。電話で話すと必ずあなたの名前が出て」
「そうだったんですか……」
季夜が家族に俺の事を話していた。
そう聞いて俺は、じんわりとした温かさを心に感じた。
「せっかく電話を掛けて下さって悪いけど、季夜はね、亡くなったのよ。事故でね。季夜のスマートフォン、まだ契約そのままで……。あなたみたいに電話してくる方、良くいらっしゃるわ。もしかしたら季夜の声が聞けるんじゃないかと思って掛けて下さるのよ。ふふっ」
季夜の母親が、悲しそうな声でそう言う。
「多田野君が亡くなった事、知ってます。通夜にも行かせて頂きました。あの、本当に、何て言ったら良いのか……」
こんな時、本当に何て言ったら良いのか。
自分の言葉の足りなさを呪いたくなる。
「お通夜に来て下さったのね。ありがとう。季夜のお通夜、沢山お友達が来てくれて……きっと、季夜も喜んだでしょうね。ご挨拶出来なくて本当に申し訳無かったわ」
「いえ、そんな事……」
それ以上言葉が続かない。
もう電話を切ろうか。
「あの、それで、何かご用事があるかしら?」
そう訊かれて、はっと我に返る。
そうだ、俺は季夜の家族にポチの事を訊くんだ。
季夜と約束したんだから。
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