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頼りない友人で申し訳なく思う。
「聞きたい事って?」
季夜に言われて俺は話し出す。
「ポチって何だ?」
必死になって探したポチ。
しかし、その正体は掴めなかった。
ポチとは何ぞや?
季夜は、ああ……と呟いた後、「ポチは人間の女の子だ」と躊躇いがちに話した。
「えええええーっ?」
意外な真相に稲妻に打たれたかの様に驚く。
まさかの人間。
しかも、女の子という。
その女の子は一体季夜の何なんだ。
「ポチは……まあ、俺の……友達なんだけども、凄く大事なんだ。自分が死んだ後、ポチはどうなるのか、凄く不安で。それにポチはおそらく俺が死んだ事を知らない。だから住原にお願いがあるんだ」
俺は黙って頷いた。
ポチの正体が衝撃的過ぎて言葉が出て来なかったのだ。
「ポチとは大切な約束をしたんだ。でも、俺はこんな事になって……ポチとの約束を果たせなかった。住原、ポチに会って俺が死んだ事を伝えて欲しい。それで約束を守れなくてすまない、と伝えて欲しい。それで出来る事なら、たまにで良いからポチの様子を見て欲しい。お願いだ、住原、協力してくれないか?」
実に畏まって季夜は言った。
俺はしばらく黙った。
ポチが人間と知ってたら俺は約束なんかしただろうか。
季夜の願は俺には責任が重すぎる。
季夜が死んだ事を季夜が大事にしていた女の子に伝えるのもきついし。
その子の様子を見る事もきつい。
基本、俺は人見知りなのだ。
けど……。
「分かったよ。約束したからな」
そう言って直ぐ、覚悟は決まった。
他ならぬ季夜の頼みだ。
もう、何だってやってやる。
「ありがとう、住原」
季夜がとびきり嬉しそうに言う。
季夜に喜んでもらえるなら、それでいい。
「それで、その女の子に会うにはどうしたらいいんだ?」
俺の質問に季夜は答えた。
「ポチは乙女川にいる」
今日は木曜日。
平日だが今日は消化しなければならない講義が無い為にさぼりを決め込むことにした。
アルバイトはあるが、午後からだ。
朝からカップのスタミナラーメンを食べて気合を入れてアパートを出た俺は乙女川へと向かった。
そして俺は今、乙女川の大きな橋の真ん中で朝っぱらから乙女チックに川を眺めていた。
乙女川は大きな川だ。
川には、川の主の大川鰻がいると言う噂が立っている。
乙女川に掛かる橋は乙女橋と言う。
背後に感じる通り過ぎる車の気配を感じながら俺はどうしたものか、と思案に明け暮れていた。
乙女川の河川敷はホームレスのたまり場になっていた。
河川敷には彼らが作ったビニールシートを被った小屋や何やかやが点々としてある。
橋の上からホームレス達がドラム缶に火を起こして暖を取っているのが見える。
河川敷は部外者を寄せ付けない独特の空気があって、それは橋の上まで流れて来る様にも思えた。
普段、俺が絶対に立ち寄らない場所の一つが不良のたまり場、そして乙女川付近であった。
乙女川に集まっているホームレス達には数々の伝説があった。
ホームレス狩りをしようとした若者達を乙女川のホームレス達が返り討ちにした話や、乙女川のホームレス達は川の主の大鰻のご加護を受けているとか、乙女川からの立ち退きを要求した団体のメンバーがことごとく謎の腹痛に苛まれる現象が起きて大鰻の祟りと恐れられ、その後、ホームレス達の立ち退き運動が一切起こらなくなったとか、そんなある様なない様な伝説がいくつも、いくつも。
そんな奇妙奇天烈で危なそうな場所に俺みたいな真っ当なチキン野郎が立ち寄ろうと思うわけが無かった。
こんな場所に女の子がいるとは面妖な。
河川敷を見下ろしながら俺は眉を顰める。
伝説になる様な屈強なホームレス達のいる河川敷にいるという女の子とはどんな子なのか。
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