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この街の何処かをさ迷っているんだろうか。
もしかして、この場にいるんだろうか。
ネックレスの口寄せの効果が切れている今、俺は季夜の存在を感じない。
違う次元みたいな所があって、俺が口寄せするまで季夜は、もしかして、そこにいるのか。
今、この場に季夜がいてくれたならどんなに俺は安心するだろう。
「それで、お前、何の用だ。季夜はどうしたんだ」とポチが言う。
俺は肩を落とした。
言わなきゃいけない事が口から出ない。
「あの。君にとって、季夜ってどういう存在?」
俺は何故かそんな事を訊ねた。
「そんなの、大事な存在に決まってるだろ!」
怒った様に彼女は言う。
「そうか……」
その大事な存在がもうこの世にはいない事を、俺はこれから彼女に伝えなきゃならない。
重たい石でも背負ったかの様に気が重たくなる。
残酷な事だと知りながら、けど、俺はそれを彼女に話さなければならない。
俺は息を呑み込んでからゆっくりと口を開いた。
「季夜が死んだ。つい、最近だ」
俺がそう言うと彼女の眉間にみるみる皺が集まった。
「ふざけた冗談を言うな!」
耳が痛くなるほどの大きな声。
思わず耳を塞ぎたくなるが、そうはせずに俺は言う。
「冗談なんかじゃ無い。俺も最初はそう思った。冗談だって……でも本当なんだ。事故に遭って、それで……季夜は死んだんだ」
「そんなの信じられるか!」
「信じられないけど本当だ!」
思わず声が強まる。
「そんな……だって、会う約束をしてて。待ってても待ってても季夜は来なくて。ずっとずっと待ってた。約束の日が過ぎても、次の日には会える、そう繰り返し思って……待ってた。なのに……」
「季夜は死んだんだ。だからあんたと会えなかったんだ。だから、だから季夜は……」
季夜は俺に頼って、この子の事を……。
「絶対に信じない!」
はっきりと彼女は言った。
「え」
俺は戸惑う。
「信じない。お前なんか嫌いだ! さっさと消えろ!」
両手を横に大きく広げ、強く拳を握り締めて彼女は言う。
「ちょっと待て! 俺は季夜からあんたに……」
伝え泣ききゃならないメッセージがあるんだ。
季夜とした約束があるんだ。
「何も聞きたくない! 早くあっちへ行け!」
「落ち着いて……俺は!」
「おい、どうした」
声がした方を向くと、所々はげた革ジャンを着たパンチパーマのおっさんがいた。
乙女川のホームレスに違い無かった。
「カンさん!」
彼女がおっさんの側まで駆け寄る。
彼女はおっさんにしがみ付くなり、「こいつが、季夜が死んだって」と涙声で訴える。
「何だってぇ?」
おっさんは恐ろしい眼光を俺に向けて光らせる。
今にも殴り掛かって来そうな勢いにたじろいだ。
おっさんが俺の方にゆっくりと歩み始める。
「うっ……」
蚊の鳴く様な声で俺は言うと、身をひるがえして橋から一目散に逃げだした。
彼女とおっさんの怒りに満ちた視線がアパートに帰り着くまで俺の頭から離れなかった。
アパートに帰り着いた俺は、しばらく、ぼうっとして過ごした。
乙女川橋での出来事が俺をぼうっとせざるを得なくしていた。
むざむざとみっともなく逃げ出した自分が恥かしい。
マジで穴があったら入りたい。
そこに永遠に籠っていたい。
何もやる気が起こらず、気が付けばアルバイトの時間が迫っていた。
急いでアパートを出たが遅刻。
アルバイトではミスばかりして店長に、やる気があるのか、と叱られた。
店長の前では口が裂けても言えないが、やる気はない。
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