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何がとか、何に対してとは明言しなかったけれども、珠里ちゃんも聖嶺ちゃんも私も、それぞれの角度から無性にむしゃくしゃしていた。
そこで学校を出た後、私は駄目元で、どこかへ寄ってから帰らないかと提案した。陰鬱な気分を家にまで持ち帰りたくなかったからだ。
時間帯的にもゆっくり遊べる余裕はなかったので断られるかと思ったけれども、意外と彼女達も乗り気だったので三人で寄り道を決め込むことと相成った。晩秋の空は殆ど日が落ちていたけれども、少しだけならいつもの部活が終わる時間とそれほど変わらないから良いだろうと、都合の良い解釈で一致する。一応各自家に連絡はした上で。
そういうわけで、私達は駅前のカラオケ店に入って一時間だけ、一人三曲という縛りで各々が出せる全力を込めて溢れんばかりの心情を歌に換えた。
聖嶺ちゃんはバラード調のJ‐POP、なかでも失恋や片思いをテーマにした曲を選んで、時々涙ぐみながら歌っていた。歌唱力は三人のなかでも突出していて、音域の広さが圧巻だった。
珠里ちゃんのチョイスは、聖嶺ちゃんも私も馴染みのない洋楽のパンクやロック。英語の歌詞を流暢に口ずさんでいたり、時々本気で絶叫したりする。普段あまり見られない彼女の姿を目にして、それはそれで貴重な機会だったと思う。
私はというと、歌いたい曲は多数あったけれども、自分が今いちばん訴えたいことや表したい気持ちという面から選択したら、恋愛アニメやゲームの主題歌に偏ってしまった。それぞれの曲の趣旨としては「貴方が好きでずっと一緒にいたい」「結婚しましょうや」「子孫とか残しましょうや」というもの。
自分では結構上手く歌えたつもりだったけれども、三曲目が終わった直後、珠里ちゃんから「流石に自重しろ」と突っ込みが入った。そういう珠里ちゃんだって、相当過激な歌詞に乗せて怒りをぶちまけていたのだから、私の選曲にけちをつける資格はないと思う。
そんなこんなで一時間、私達は各々許容されるぎりぎりの不格好をさらけ出して、如何ともしがたい感情に辛うじて落としどころを見つけた。
店を出る頃には七時を過ぎていた。空の色は濃紺で、夜といっていい時間帯になってしまっている。
とはいえ駅前だから、店や施設の照明や車や人の行き来があったりして、いくら田舎であっても静寂にはまだ早い。学校や仕事帰りの人が駅に出入りもしているし、周辺のカフェや居酒屋をはじめとする飲食店を利用する人もいる。華やかさや賑やかさという点ではそこそこという程度だけれども、地方の駅前ってまあこんなものだよね、くらいの活気はあると思う。
「……ありがとね」
私達と別れる直前、聖嶺ちゃんは恥ずかしそうに言う。電車で帰宅する彼女を何となく見送りたくて、駅のコンコースまでついて行った珠里ちゃんと私。私達は自転車を併設されている駐輪場に停めていたので、道すがらでもある。
「お前ら見てたら、何か元気出たよ。うじうじしてても仕方ないけど……でも、今はそれで良いじゃんって」
「歌、すごく上手だったよ、聖嶺ちゃん。またカラオケ行こうね」
「そうだよ。今度はフリータイムでさ」
入口で立ち止まって見送る前に、私達はそれぞれ聖嶺ちゃんに言った。
何かとセンシティブな諸事情を打ち明けたことによるきまり悪さはあるけれども、彼女と遊んだりお喋りしたりすること自体は楽しかったのだ。
「うち、お前らの歌う曲、どれ一つとして知らなかったんだけど」
聖嶺ちゃんは、空気を度外視した私達の趣味全開の選曲を茶化しながら笑った。
その後、お互いに「じゃあね」とか「お疲れ」など交わしながら、それぞれの帰路へ着こうとする。
その時に。
「…………あっ」
聖嶺ちゃんが突如、私の背後の空間を凝視したまま妙に緊張を含んだ声を上げた。何事かと思い、彼女の視線の先を追おうとしたけれども、後ろに回り込んできた珠里ちゃんによって、咄嗟に目を覆われてしまう。
「ちょっと……何、何なの……!?」
悪戯にしては些か強すぎる力で視界を奪われたことに多少むっとして、私は彼女の手を強引にほどいてその正体を確認した。
それで、何故聖嶺ちゃんが切迫していたのか、珠里ちゃんが無理やりにでも私の視線の先を塞いだのか、その答えがはっきりした。
全然事情も理由も分からないけれども、そこにいたのだ。百華ちゃんと、北上くんが。暗がりの外の姿だけれども、私の目はしっかり捉えた。
ガラスの扉越しに、向こうも私達の存在に気がついた様子。ロータリーに沿ってこちらへやって来るが、入り口をくぐる数歩手前のところで、北上くんは気まずそうな面持ちで足を止めた。
一方の百華ちゃんは、事もなげにコンコース内へ歩み寄ってきて、北上くんとは扉を隔てて自然と分かれる形となる。そして、平然とした態度を崩さずに私達に声をかけてきた。
「あっ、偶然だね。お疲れ様」
ひらひらと手を振って、にっこりとお人形のような笑みを浮かべる百華ちゃん。私達同様彼女達も制服姿で、並んで歩いていた姿がデートに見えたネガティブな一瞬を思い出したりしてまた心に黒い影が差す。
けれども、搔き乱されたのはほんの僅かな間。
私にはもう、影の正体が分かっていた。
ドン引きするほど醜くて、汚くて、大きくて、強くて、隙あらば暴れ回っては手がつけられなくなるそれ。でも、もう怖くはない。
何故なら、それは排除すべきものでも、忌み嫌うべきものでもないから。その裏に隠している、あるがままの心を守るためのものだから。
そうすると、私の足は自然と動いた。近づいてきた百華ちゃんの前をすり抜けるように駆け出し、ガラスの扉を勢いよく空けて、その向こうの北上くんに私はしがみつく。
そして、今もなお抑えようがないほど荒ぶっているそれを容赦なくぶつけてやった。
「何してるの、北上くん! どうして百華ちゃんなんかと一緒にいるの!? 私はそんなの嫌なんだから! 他の子なんて見ないで、私だけの北上くんでいてよ!」
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