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 聖嶺(きよね)ちゃんは少し前まで、市内の他の高校に通う一つ年上の彼氏とお付き合いをしていた。基本的にクラスメイトと部活内だけの交友関係で精一杯の私には、他校の彼氏なんてどんな手順で何と等価交換して作るんだろうなどと、まるできらきらしたファンタジーの世界の話のように思えたけれども、本題はそこではない。  気の毒なことに聖嶺ちゃんは、その彼氏に最近一方的に別れを告げられたという。その原因は百華(もか)ちゃん。有体にいえば、横取りされたのだ。  それぞれの友人を集めてグループで遊ぶ機会があって、彼と百華ちゃんは知り合い、頻繁に連絡を取り合うようになっていた。聖嶺ちゃんはそのことに気づいてはいたけれども、まさかそんな下心があるとは夢にも思わず黙認していたら、ある日心変わりしたことを彼から告げられ、別れるに至ったのだという。しかも、彼と百華ちゃんも一度は付き合ったらしいけど瞬く間に関係が終わり、結局誰一人として幸せにならず、ただ関係を荒らされた結果と相成ったのだ。  聖嶺ちゃんが付き合っていた男子がどんな人かは全く知らない。けれども、私は話を聞いて、彼に対する憤りが抑えられなかった。勿論百華ちゃんにも。  誰かと付き合っていても別の人に気持ちが移ってしまうこと自体は、もしかしたらあり得る話かもしれない。でも、それはせめて苦渋の決断というか、思い悩んだ末の選択であって欲しい。安易に乗り換えた上に両方との関係を破綻させるほど馬鹿な話はないと、私は思っている。  珠里ちゃんも私と同様の感情を抱いていて、聖嶺ちゃんに「さっきはきついこと言ってごめん」と謝った上で、やはり彼と百華ちゃんに対してぷんぷん怒っていた。  会ったこともない男子を相手に「だらしない」「屑野郎」「ひょうろく玉」と思いつく限りの悪口をぶつけてやる我々。  そんな風に罵る私達を見て溜飲が下がったのか、はたまた自分より興奮している人間を目して冷静になったのか、一連の経緯を話し終わる頃の聖嶺ちゃんは、憑物が落ちたように穏やかだった。  妙なばつの悪さに駆られた彼女は、「でもまあ、そんな男なら別れて正解だったんだよね」「逆に隠されてずるずる関係続けるより良かったよ」と、自ら話を畳み始める始末。  聖嶺ちゃんはきっと、まだ彼のことが好きなのかもしれないと私は思っている。だからこそ悔しくて悲しくて堪らなくて、抑えようのない怒りを百華ちゃんへの嫌がらせという形で訴えるしかなかったのではないか。  その辺りの感情の機微については、わざわざ確かめるようなことは敢えてしない。また、聖嶺ちゃんの行為は決して容認できることではなかったけれども、これ以上私達から非難することはしなかった。  百華ちゃんの机周りを復元し、テキストや私物も元あった場所へ戻す。破損したものについては謝罪するのか弁償するのか、聖嶺ちゃんが「とりあえず何とかするよ」と言うので、心苦しいけれども私達はノータッチ。  何はともあれ、私達が立ち去るまで教室には他の誰が立ち入ることもなく、ここで起きた出来事は三人だけで共有するに(とど)まって、ひとまず大過なきを得たのだった。
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