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それから珠里ちゃんと私は、次回の定期テストがどうとか部誌のネタをどうするとか日常的な他愛のないものへ話題を換え、お茶をもう一杯ずつ飲み終えて部室を後にした。昼間よりずっと照明が頼りになるくらいには、日が傾いている。
帰宅する前に、私達は一度教室へと立ち寄ることにした。珠里ちゃんが、体操着を持ち帰って洗濯するために回収したいと言い出したからだ。明日は私達のクラスで体育の授業はなく、そのまま週末に入ることを思い出したのである。よって体操着を持ち帰るなら、今日でも明日でも然程影響はない。忘れないよう今日のうちに持ち帰ろうと思い立ち、私も珠里ちゃんに倣うことにする。
夏のように汗をかく季節でもないので、衣類用消臭剤を振りかけたらもう一週間続けて着用できないか、などとくだらないことを考えたりもしたが、色々な意味で良心が咎めると結論づけて二人で笑った。荷物が増える現実に甘んじる。
授業が終了してからだいぶ時間が経過している。本日は放課後の補講や再テストの開催もなく、一般教室棟はどこも明かりが落ちていた。
二年生の教室は五階と四階にある。私達のクラスは五階の方。階段は消灯忘れなのか敢えてなのか、下から上まで蛍光灯が点灯している。この階段の照明については、防犯のために点けておけと言う先生もいれば節電のために消せと言う先生もいて、指示が一貫していないのだった。
廊下は真っ暗といえば大袈裟だけれども、明かりなしではかなり心許ない。「律子がついてきてくれてよかった」と、暗い場所をはじめとするホラー的シチュエーションが苦手な珠里ちゃんは言っている。
特に恐怖症ではない私も、仄暗い空間は如何せん気分が良くない。よって、蛍光灯のスイッチを入れることにする。引き返す時に消灯すれば問題ないだろう。
照らされる道筋の眺めがはっきりするとともに、個々の教室の暗がりが際立つ。誰もいない空間独特の気味悪さを横目でやり過ごしながら、自分達の教室を目指す。
と。
「……今、何か音がした」
珠里ちゃんが眉を顰め、立ち止まる。
それは怖がりな彼女の空耳では、とも思ったけれども、足を止めるとその音は私の耳にもはっきりと届いた。
がさがさという動作の音を合間に挟んで、物と物が激しくぶつかり合う悲痛なまでに乱暴な音が鳴り渡っている。
音の先は東側から。偶然にも私達二年一組の教室の方向と一致する。そこに確実に人の存在を感じた。
「不審者かもしれないよ……!」
そちらへ向かって歩く私の腕を、珠里ちゃんが引っ張って制する。
確かに不審者、場合によっては危害を加える目的を持つ人間が侵入している可能性も否定できないし、本来ならその正体を確認するより先にとにかく逃げるべきだと思う。
でも、私は気づいてしまった。荒々しく繰り返される物音のなかに、咽び泣くような声が混じっていることに。
何の安全も約束されていないことは承知。それでも私は、直感が告げるままに音の方へと走り出す。
開きっぱなしの扉を隔てた向こうの陰影。昼間は生徒や教師が時を共に過ごし賑わう小部屋も、人が去った今は薄暗いがらんどう。整然と並ぶ机やロッカーなどの備品がもの悲しいほど空虚にみえるけれども、その空間は一部だけ切り取られたように異様な光景を呈していた。
静かな秩序のなかで、まるで悪趣味な合成のように、そこだけが荒れ狂った不協和音を描いている。しかし、そこに佇む人は確かにいた。
「――――聖嶺ちゃん……」
入り込む廊下の明かりのおかげで薄闇のなかでもシルエットを認知する。私はその名前を呼んだ。
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