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 自分では腹の底から声を出したつもりだった。ああ、私ったらこんな公衆の面前で言っちゃったよと、顔を出した自意識が気恥ずかしさをつつくけれども、実際にはせいぜい傍を通り過ぎる人がこちらに目を向けたくらい。その通行人も誰も立ち止まることはなく、自分達の目的へ急いでいる。  そんなものなのかもしれない。  どれほど醜かろうと汚かろうと、周囲の多くの人にとっては案外どうでも良いものなのかもしれない。隠そう、なかったことにしようと、取り繕っていたことさえ馬鹿々々しいことだったのだなと気づかされる。  ただ、最たる当事者である北上くんに関しては、えらく驚いた顔をしていることが一目で分かった。昼休みに部室で見た時のような、頻繁に瞬きを繰り返しながら、何か言いたそうに口を開く。  暫しの間その口で、迷いと躊躇いを含んだ数回呼吸をして、やがて北上くんが発した言葉は。 「…………声でけえよ。恥ずかしい」  日頃より大声で恥ずかしいくらい自分勝手な持論を振りかざしている北上くんが、ぶっきらぼうな言い草で答えた。こんな時に限って自分のことを棚に上げて、ふん、と鼻で笑って苦笑している態度に、私は素直にむっとする。 「な、何さ! 自分だっていつも大きい声で訳分かんないことばっかり言ってる癖に! それに、カード返してもらうとか何とかでギャン泣きした人に、恥ずかしいとか言われたくないよ!」 「はあ? それは小6の時の話だっつーの。高2のお前と一緒にすんな」 「高2なんて小6みたいなものだよ!」  絶対におかしい屁理屈だけれども構わず押し通す。こういうのを開き直りというのかもしれない。  言いたいことを言ってやったぞという高揚感が、自分が無敵であると錯覚させる。実際のところ、今の私には怖いものなどなかった。このメンタルなら、太陽が西から昇って地球の周りをぐるぐる回っているという主張さえ、押し通せる気がする。  こんなに欲張りで、わがままで、みっともない(さま)を目の当たりにして、北上くんが私に幻滅する可能性だってある。でも、私が本当に見せたかったのは、そして――あわよくば――受け止めて欲しいのは、その強欲ぶりであり身勝手ぶりなのだった。  それはそうと、もはや自分のことしか考えていなかった私は、知らず知らず出入口への通行を妨げる位置取りで立ってしまっていたようだ。「とりあえず、どけ」と、呆れ口調の北上くんが手を引っ張って壁際に、他の人の邪魔にならないところへ導く。  そこへ、駅構内から外へと出てきた珠里ちゃんと聖嶺(きよね)ちゃんが、物申したい雰囲気満々で歩み寄ってきた。その後ろを百華(もか)ちゃんも、場違いなほどにこにこしてついてきている。 「よう、北上」  珠里ちゃんが素っ気ない挨拶をし、北上くんを問い詰めるように睨みを利かせる。 「説明しなよ。何でこんな時間に百華と一緒にいたのか」  珠里ちゃんの態度の問題なのか、質問の内容の問題なのか、北上くんの面持ちが不機嫌なものになった。面倒臭そうに溜息をついて百華ちゃんを見やった後、ごく端的に答える。 「――こいつが店にいたからだよ」 「店って?」  北上家の両親が経営するカフェのことだった。住んでいる家はまた別の地区にあるけれども、お店は駅から徒歩五分程度の飲食店街の一角に構えているとのこと。 「お姉ちゃんと一緒にご飯食べに行ったの」  北上くんがそれ以上のことを喋りたがらず話は膠着しそうに見えたが、百華ちゃんが進み出て特に動じる様子もなく洗いざらい話す。 「でね、お姉ちゃんたら、彼氏に呼ばれたとか何とか言って先に一人で店を出ちゃったの。駅も近いから、私には一人で電車で帰れって」 「だからって北上がここまで送ったのかよ」 「母ちゃんに言われたんだよ」  珠里ちゃんになじられると、北上くんは予想だにしない方面に責任転嫁をし、臆面もなく自分の正当性を主張する。 「お前、うちにはあれだけ偉そうなこと言っておきながら、自分はクソみてーな嘘つくんだな」 「いや……嘘ではないんだろうけど、せめてもうちょっと格好つけろ」 「それぞれ方針の違うクレームを言われても困るんだわ」  聖嶺ちゃんがすかさずバッシング。珠里ちゃんは北上くんの性格を鑑みて擁護すべきところは擁護するけれども、結局苦言を呈することには変わりない。そして、北上くんはまるで悪びれない。
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