29人が本棚に入れています
本棚に追加
経緯を端的にまとめると、北上くんは夕方から、お手伝い要員としてご両親のお店に出入りしていたらしい。そうしているうちに、百華ちゃんがお姉さんと共に来店したのだとか。
「それで、私がお姉ちゃんに置いてけぼり食らっちゃったから、北上くんのお母さんが気を遣ってくれて」
北上くんに百華ちゃんを送るように言いつけたとのこと。
「だって、俺のお友達だったみたいだし」
百華ちゃんが自らをそのように称してご両親に挨拶したらしい。「だったみたいだし」という北上くんの他人事感には一同戸惑いを禁じ得ないけれども、自らの喉を掻きむしりたいほどはらわたが煮えくり返る私だった。実際には、公共の場でそんなことをしても迷惑以外の何ものでもないので、せめてものやり過ごしで「うー!」と唸って地団駄を踏むに止まる。
「……ていうか何でお前、こいつの家の店なんかに行ってんの? 意味分かんねーんだけど」
「北上のとこの店だって分かってて行ったの?」
「え、何? お店にご飯食べに行くのも許可が必要なの?」
詰め寄らんばかりの聖嶺ちゃんと珠里ちゃんの問いを受けても、百華ちゃんはぴんと来ない面持ちで首を傾げていた。
事あるごとに表立つ、彼女の風に漂うような態度が、多くの人の神経を逆なでしてきたのだろう。珠里ちゃん達も閉口しているし、私も良い気分とはいえない。
でも、本質を見失ってはいけない。百華ちゃんの言動そのものは、何一つ間違ってはいないのだ。彼女がお店に食事をしに行くことを制限する権利は、少なくとも私にはない。私が腹を立てるべき相手は彼女じゃない。
それを踏まえた上で言いたいことはあって、私は北上くんのもとを一端離れ、百華ちゃんの方へ進み出た。
「別に誰の許可を得る必要もないよ。悪いことをしているわけでもないんだし。でも私、すごくすごく悔しくて腹が立ってるの」
論理的な事実と湧き上がる気持ちは別であること、その気持ちがどこの何から生じているものなのかということは、出来るだけ過不足なく把握しておかなければならないだろう。
「だってだって、私は北上くんのお家にもお店にも行ったことないんだもん。同じ部活でさ、まあまあ仲良いのにもかかわらずだよ? なのについ最近知り合ったばかりの百華ちゃんがお店に行って、ご両親に挨拶までして、帰りは北上くんに送ってもらってなんて、妬ましいにもほどがある!」
百華ちゃんのお人形のような笑顔に僅かな揺らぎが見えた。一瞬だけ驚いたように目を見開いて、再び笑みを復元する。
「……へえ。大丈夫? ここでそんなこと言っちゃって。北上くんも聞いてるんだよ?」
「この程度の嫉妬砲で逃げ出す北上くんじゃないよ」
こちらの動揺を誘うような言い方で確かめてくる百華ちゃんに向かって、私は答える。ハッタリじみた構えになるが、今は一歩も引くことは出来ない。
「私は多分、この先もしょうもないことでやきもち焼いて、苛立って、不機嫌になって、しまいには騒ぐよ。その度にいちいち狼狽えているような人なら、私は見向きもしないよ」
「……さりげなく俺側の逃げ場を塞ぐ手口かよ。まあ何でも良いけど」
北上くんからは絶妙に人聞きの悪いリアクションを頂いたけれども、とりあえず非難ではないと解釈しておく。
最初のコメントを投稿しよう!