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彼女の右手の薬指で煌きを覗かせたピンクゴールドは、単なるお洒落だけのものではない。私は朝の挨拶を交わしてすぐに気がついた。
「珠里ちゃん、それ! そのリング! けしからんぞ! 羨ましい!」
細くて控えめな、制服姿でも目立たないデザイン。手の甲をこちらに向けた時に何か刻印のようなものが見えた。とても小さな文字なので読み取ることはできなかったけれども、恐らく名前かメッセージだと思われる。
「ペアリングでしょ、それ。いいなぁ。いつもらったの?」
シンプルであるが故に一目で正体が分かった指輪に、私は所有者でもないのに胸の高鳴りが抑えられなかった。
「もらったのは昨日。本当は先月の誕生日プレゼントなんだけど、色々悩んで選んでたらこの時期になっちゃった」
はにかむように笑う友人――宮古珠里ちゃん。いつもは男勝りともいえるタイプの凛とした美人だ。けれども、今のように照れてもじもじする姿は、きゅんとする可愛さがある。きっとリングを贈った当人も、そんな尊いギャップを持つ彼女を離したくないと思っているに違いない。
「桐矢くん、へい! 大至急!」
浮き立つ思いが止まらず、私は、教室の後方の席で文庫本を読んでいた男子生徒を呼びつける。
始業前の教室内各所で雑音や人の動きがあるせいもあって、私の声は何度か掻き消されたけれども、少し声を張り上げて繰り返し呼ぶと彼――前沢桐矢くんが、こちらに気づいて立ち上がった。
「……律子、声大きいよ。さっきから全部聞こえてるから」
「聞こえてるならすぐ来てよ、もう」
困ったように眉間に皺を寄せながら歩み寄ってくる桐矢くんからの文句を、私は即座に撥ねつけてやった。
すると、桐矢くんは溜息をついたのち、ぼそぼそと言う。
「……律子は絶対騒ぐと思ったから、あまり反応したくないと思ったんだよ」
「これが騒がずにいられるかってんでい!」
桐矢くんの右手薬指にも、同じデザインのリングが合わせてあった。こちらの色はシルバーで、静かに穏やかに輝いている。
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