そこにいる。

2/5
前へ
/5ページ
次へ
 ***  彼女に話した通り、私は医者をしている。それも産婦人科医だ。  昨今少子化で仕事が減っていると思われるかもしれないが、意外にも患者が少なくなるということはなかったりする。誤解されがちかもしれないが、産婦人科を訪れる客は何も妊婦ばかりではないからだ。生理不順などのちょっとした女性特有の悩みを相談する人もいるし(こちらは婦人科の領分になる)、不妊治療の相談をしてくる人もいる。ピルが欲しい、という人に処方箋を出すのも自分達医者の仕事だ。これもよく勘違いされるが、ピルとは何も避妊のためだけに使うものではないのである。生理の回数そのものを減らすなどして、生理痛が酷い人の負担を軽減する役割もあるのだ。 「世の中、皮肉なもんだとこの仕事をしていると思うよ。……子供を虐待したり、要らないと思う人間の元に子供が生まれるのに。何年も不妊治療を続けるほど子供を欲しがっているような夫婦のところには、なかなか天使が舞い降りないときているんだから」 「不妊治療って大変なのよね?人工授精とかするんですっけ?」 「他にも色々な治療方法はあるんだが、どうしても人工授精のイメージが強いかもしれないね。……うちのクリニックには、結構クレーマー気味の厄介なご夫婦が来ることも少なくないんだ。まあ、大体大きな病院でトラブルを起こして出禁になったような人達ばかりなんだが」  不妊治療を行う夫婦の殆どは、子供が切実に欲しくて藁にもすがる気持ちで自分のところを訪れるものである。しかし中には“本当に子供のためを思って治療してます?”と首をかしげたくなる夫婦がいるのも間違いないのだ。  例えば、家のために何がなんでも跡取りが欲しい、妾に負けたくないので!という時代錯誤な考えの女性が訪れたこともある。  それから、不妊治療を続けるにつれ明らかに夫婦関係がこじれたんだろうな、とわかる二人がやってくることも。 「子供が何がなんでも欲しいと言ったくせに、ちょっと障害が疑われる子供なら要らない、とぽんぽん中絶を希望する夫婦もいる。そのための検査じゃないと私は思ってるんだがね……」
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加