涙雨

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 マグカップを二つ並べ、ココアを入れる。自分の分はコーヒーにしようか迷ったけれど、ココアの缶を開けた瞬間、濃い香りに誘惑された。  ローテーブルにマグカップを置き、ソファーの下であぐらをくんだ。目の前のカーテンは、春妃が全部閉めてくれたようだ。  全てを飲み込んでしまいそうな程の激しい雨に、正直なところあまり余裕はなかった。気にしないよう言い聞かせることが、返ってよくないことも分かってはいるけれど、他にどうしようもない。両手で耳を塞ぎたい衝動にかられるも、彼女がいる手前ぐっと我慢した。  悶々としていると、頭をふわふわと撫でられた。ソファーに座っている彼女を見上げると、心配そうに眉を寄せている。そんな表情をされては、たまらない。こんな時に、それは反則だ。 「……キスしてもいい?」  思わず口をついて出た。  彼女の表情が一瞬で変わり、今度は驚いている。 「──だめです。だって、私たち友達でしょう?」  ぐうの音も出なかった。 「それじゃあもう、友達はやめますか?」  言いながらマグカップで顔を隠す仕草が、照れているそれだと分かった途端、限界だった。  彼女の手からマグカップを取り上げようとした、次の瞬間、雷鳴が聞こえた。驚いて息が止まる。息つく暇もなく、今度は地響きがする程の雷鳴が轟いた。刹那、部屋が真っ暗になった。それが、停電だと分かるよりも先に、反射的に春妃に抱きついた。格好悪いとか、そんなことを考えている余裕はなかった。  彼女がぎゅっと僕を抱きしめ、背中をさすってくれる。祖母がそうしてくれたのと同じだと、あの日の記憶が蘇る。けれどもう、泣かなかった。  どれくらいそうしていただろう。雷鳴が遠くなった頃、ようやく顔を上げた。暗すぎて、彼女の顔さえもよく分からない。 「気分は、どうですか?」  僕の頬に手を添えた。 「……ごめん。雷よりも僕に驚いたよね。自分でも分かってるから」  そう言って立ち上がり、ランタンがあったはずだとすぐそばの棚の上を手探りで探す。見つけてすぐに電気を灯すと、頼りないオレンジがぼんやりと揺れている。非常用でもなんでもなく、この部屋に似合うと思い見た目だけで選んだそれでも、ないよりはましだろう。 「さっきの話ですけど、誰だって苦手なものくらいあります。だから気にしないで下さい。その、私の前では気にしなくても大丈夫ですから」  優しい言葉をくれる彼女に、お礼を言うよりも先に体が反応した。こんな時に、いや、こんな時だからなのか。 「──ねぇ、友達やめたら僕たちどうなるの?」 「え……」  困った顔がたまらなくて、無性に意地悪をしたくなった。 「もう会えなくなるの?」  言いながら、彼女にずいっと近寄った。 「会えないのは、嫌です……」  まつげを伏せたかと思うと、すぐに僕に視線を合わせ、ゆっくりとソファーから下りてきた。ラグの上に膝立ちになると、僕の頭を両手で抱えた。 「一緒にいたいです」  陰影が彼女を色っぽく見せる。思わず、頬が緩んだ。 「──友達は、今日で終わる」  そう言って彼女に口づけをした。すると、そっと彼女に押し倒された。面食らっていると、覆い被さるようにして顔を近付けてきた。 「キスだけで、満足できますか?」 「……いや」  声が裏返ったのは、彼女の手が僕のティーシャツの中に入ってきたのと同時だったからだ。  すっと目を細めたかと思うと、そっと唇を重ねた。胸の突起をつままれ、鼻にかかったような声が出た。それを恥ずかしいと思う間もなく、口内を舌で犯され、どんどん息が上がっていく。  次は自分が、そう思い、体を反転させようと彼女の肩をつかんだ。けれど、そうさせてはくれなかった。 「気持ちいいとこ、全部知ってますよ」  耳元で囁かれ、下半身がぐっと熱くなる。 「私今、すごくエッチな気分です。だから、優しくはできないですけど、いいですか?」  言いながら、すでに腰を揺らしている。僕の固いは、彼女の厭らしい箇所で擦られてはち切れそうだった。服の上からでこうなのだからと、今から起こることを想像して興奮した。  さすがとしか言いようがなかった。ただただ気持ちいいだけのセックスとは違い、絶妙な緩急に夢中だった。 「……もっと、激しい方がいいですか?」  豊満な胸を揺さぶりながら淫らな声でそんなことを言われては、まだこれ以上があるのかと頷きそうになる。けれど、そろそろ僕も腰を振りたくなった。僕自身で、彼女からを聞き出したくなったのだ。  今度こそ、彼女をラグの上に組み敷いた。 「春妃は激しいのが好きなの?」  いたずらっぽく言い返すと、恥ずかしそうな素振りを見せるから、さっきまで僕を挑発してきたのは誰だと疑いたくなる。 「……優しくしないで」  可愛いの暴力で容赦なく打ちのめされる。仕返しと言わんばかりに、何度も何度も激しく腰を打ち付けた。  春妃が眠そうに僕に寄り添っている。情事のあとと言うのは、こんなにも心が穏やかになるものだったのかと痛感した。  激しかった雨音は、いつの間にか和らいでいた。だからではないけれど、苦手意識が薄らいでいるような気がした。もしかすると、春妃がそばにいてくれていることで、僕の中のマイナスを、プラス以上に変えてくれているのかもしれない。 「──春妃」  間延びした声が返ってきた。 「そばにいてくれて、ありがとう」  のろのろと体を起こした彼女が僕に向き直る。頬をオレンジに染め、「こちらこそ」と言った。  完
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