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結局、タイムカードを押して更衣室で着替え終わるまで、奈央が話題の中心になりそれはそれは盛り上がった。
これも社会人としての下っ端の役割なのかなと諦めに似た空元気で乗り切り、話題の余韻を頭に残したまま自転車を漕いで帰路につく。
働き始めて、仕事後に甘いものを欲することが多くなり、三日に一度の割合でハーゲンダッツを買ってしまう。
覚えることが多くて大変だから仕方ないと自分を甘やかしながら、奈央は家のそばのコンビニに自転車を止め、自動ドアをくぐった。
アイスの平置きされた冷凍庫へ向かった奈央は、その奥にひょろりと背の高い後ろ姿を見つけた。
「あれ、中野さん?」
振り返った中野は、特に驚いたようすもなく微笑んだ。今日は彼は休日だったはずだ。
「須藤さん。お疲れさま」
中野は培養室で唯一の男性胚培養士だ。いつも淡々と仕事をこなし、物静かで柔らかいが掴みどころのない印象だった。男くささが感じられないのは、彼のベビーフェイスのおかげだろうか。
「なんでここに? 家、近いんですか?」
奈央の問いに、中野はもともと丸っこい目をさらに見開いた。
「え、知らなかったの? 僕と須藤さん、同じマンションに住んでるんだけど」
今度は奈央が、目どころか口まであんぐり開くこととなった。
「ええーっ、うそ! 知りませんでした!」
驚愕の声を上げる奈央をよそに、中野はぶつぶつと独りごちながら推理している。
「そうか……住所が話題になったのは須藤さんの入職前の提出書類の段階だったし、入ってからは出勤も退勤も時間が被らなかったから気づかなかったのか」
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