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 タイヤの音を軋ませて、コンビニの駐車場から出て行く彼女。僕はそれをすかさず追いかける。幹線道路を抜けて、海岸線に突き当たり、鎌倉方面へ車を走らせる。二車線道路で彼女の横に並びかけ、親指を立てると、彼女はニヤリと笑ってアクセルを踏み込んだ。あっと言う間に引き離される。僕は遅れまいと、老体のエンジンに鞭を打って食い下がる。  高鳴るエンジン音、ハンドルから伝わる震動、頬に吹きつける潮風。何もかもが、たまらなく心地良い。  僕達は海辺のレストランに入った。  篝火が焚かれているテラス席で、テーブルを挟んで向き合うと、炎のゆらめきが、より一層彼女の美しさを引き立て、僕の心は益々奪われていく。でも、心が燃え上がるような恋心とはまた別の、切ない気持ちが同時に浮かび上がってきた。  遠い記憶が蘇る。  あれは今から五年前、入院を間近に控えた姉と一緒に出かけたドライブ。僕がハンドルを握るロードスターの助手席に姉が座り、海岸線をどこまでも走り続けた、あの懐かしい思い出。  少しやつれて、顔色があまり良くない姉だった。それでも車が走り出すと、目を細めて笑ってくれた。「風がとても気持ちよいわ」、小さな声でそう呟く透き通るような姉の存在感が、僕の胸に棘の様に刺さった。  姉が指差したレストランに寄り道して、料理を一人分だけオーダーした。姉は少しだけ手をつけ、残りは僕が平らげる。いくつものレストランに入って、それを繰り返した。僕のお腹ははち切れそうだったけど、姉に色んな物を食べて欲しかったから、ベルトを緩めて頑張って食べ続けた。 「退院したら、姉ちゃんも思い切り食べれるようになるからさ……」 と僕が言い、姉は、そうだね、と少し寂しそうに笑った。  退院したら……  そんな日が来ない事はお互いに分かっていたのに。最後の一時退院、最後のドライブ、再入院した姉がロードスターの助手席に座る事は二度と無かった。
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