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 二台の赤いオープンカーは、小田原を抜けて真鶴へと向かった。岩壁を削り取ったような危うさを感じる国道。でもその危うさは心地良さにも通ずる。ほのかな潮の香り、柔らかい風、静かな水面に映りこむ朧な満月、バックミラーに映る真っ赤なロードスターと得意げにハンドルを操る彼の笑顔。私の心は踊り、そして同時に切なさを憶える。彼と裕貴、出会いと別れ……  随分と長い時間走り続け、下田の海岸に辿り着いた。公園脇の駐車場に車を停めると、すぐ隣にロードスターがピッタリと横付けされる。お互いのドアを開ける事が出来ないほどピッタリと。 「全然、止まってくれないっすもん…… 置いてかれるかと思ったっすよ」  甘えるような口ぶりに、胸の奥がキュンと疼いた。 「ごめん、ごめん、あまりにも気持ちよくてさ……」  彼の近さに心が悶え、その衝動を抑えるために平静を装った。 「頼みますよ…… この車、姐さんのと違って、ガタガタなんすから」  口を尖らせて笑いを誘うように話す彼。その態度、その話し声、そして愛らしい唇。尖った彼の口が私の理性を奪い去る。  私は彼の澄んだ瞳をじっと見つめた。そして座席から身を乗り出して、頭に腕を回す。鼻と鼻が触れ合うほどぐいっと引き寄せ、唇を重ねた。それはもはや抗う事の出来ない衝動だった。    何の抵抗もなく私を受け入れる彼。そして、私の背中に彼の腕が回される。  逞しい腕、柔らかい唇、微かに漂う煙草の香り、ドアを挟んで私達は抱き合った。胸の奥で何かが動く。フワフワした塊が上に下に、左に右に……  唇が離れ、お互いの目を見つめ合うと、純粋で一点の曇りも無い彼の瞳が、私の心に微かな後悔を浮かびあがらせた。 「ごめんね、いきなりキスなんかしちゃって……」  弟に対する愛を彼に重ねてしまった事、その事が彼に対する申し訳無さとなって現れた。 「大丈夫っすよ、姐さんがしてなかったら、俺がしてましたから……」  彼は片目を瞑って舌を出した。その無邪気な笑顔に、ほっとする。彼は私の思いを全て理解していた。そして彼も私と同じように、姉と私を重ね合わせ、思いを募らせている事を口にした。
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