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弟
金曜日の帰り道は何故だか少し心が沸き立つ。郊外の工場に勤めている僕は車通勤をしている。道が空いていれば40分、金曜日の夕方は少し渋滞が起こるので1時間弱掛かるが、それだって全く苦にはならない。
僕の愛車は真っ赤なユーノス・ロードスター、中古で購入したこだわりの車だ。もちろん、こういう日は幌を上げて季節の風を味わう。相棒と過ごすひととき、こんな日は少し遠くまで走りたい気分になるものだ。
まっすぐに伸びる幹線道路、どこまでも青かった信号が一斉に黄色へ、そして赤に変わると、前を走る車のテールランプも一斉に赤く灯る。
交差点、信号待ち……
いつもなら苛立つこの時間さえも、すんなりと心に馴染んでいく。カーオーディオから流れるAlexandrosの「風になって」が雑音に混ざって響き渡る。ハンドルに乗せた人差し指が無意識のうちにリズムを刻み、思わず歌詞を口ずさむ。
風になって
風になって
風まかせになっていく
あともう少しで自分に戻れそうなんだ……
ふと視線を感じた。
信号待ちをしている右隣の車、赤のBMW、オープンカー。ハンドルを握る女性ドライバーは夜だというのにサングラスを掛けている。真っ赤な口紅、黒のノースリーブ、細い二の腕。サングラスの奥に透けて見える眼差し。
「イケてる!」、間違いなく好きなタイプだった。右脳が俄かにざわめく。左ハンドルの彼女と、右ハンドルの僕、どちらもオープンカーなので、その距離は驚くほどに近い。
彼女と視線が重なる。僕はサングラスの奥で、うっすらと透ける瞳を探る。しかし残念ながら、彼女の意思は汲み取れない。
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