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 「あの……!」  腕の中から見上げるようにして問い掛けるが、レイナルドは優しく微笑むだけでなにも言わない。  がっちりと抱えられた身体は逃げられそうにもないし、大人しく抱かれるしかなかった。  (でもなんでだろう……安心する)  身体の力を抜き、頬を寄せたレイナルドの服からはお日様の匂いがして、なぜかはわからないが涙が出た。  きっと、幸せだった頃の匂いに似ているからかもしれない。  ルイーゼの祖国、アヴィラスでの暮らしは暖かな日差しに包まれた幸せな記憶しかない。  幼い頃はアヴィラスも平和な国だった。  豊かな森に囲まれ、水資源も豊富な実り豊かな土地を毎日笑顔で駆け回った。  だがある日、突然未開の地から現れた蛮族が、豊かなアヴィラスを侵攻せんと攻め込んできた。一旦は退けたものの、彼らは別の部族とも手を組み勢いを増していった。自国の防衛力に限界を感じたルイーゼの父アヴィラス国王は、アヴィラスの有する鉄鉱山の採掘権と王女ルイーゼの輿入れを見返りとして、同盟関係にあったフォルメントスへ軍事援助を求めた。  しかし近年鉄鉱山の採掘量は格段に減り、フォルメントス側からはこの援助は平等ではないと抗議される始末。  夫の心を掴むことも、子を宿すこともできないルイーゼは、フォルメントスではただの厄介者だ。  (私は、どうすればいいのだろう)  ほんの少し前、風の噂でヴァレンティナが隣国の王女をアルセニオの妃に迎えようとしていることを聞いた。  数多の愛人に、力ある国の王女まで加われば、ルイーゼは用無し。いずれアヴィラスも見捨てられてしまう。  「さあ、着いたよ」  着いた先は彼の寝室だった。  さっきレイナルドが寝かされていた寝台の上に下ろされ、彼も向かい合って座る。  たくさん走ったせいだろうか。ボサボサの前髪が真ん中で分かれ、さっきよりは見える面積が広がった。  見れば見るほど国王陛下に似ているが、どこかしらアルセニオにも似ていて、やはり二人は兄弟なのだなと実感する。  「……少し僕の話を聞いてくれる?」  レイナルドは照れくさそうに話し始めた。  「この刺繍を褒めてくれてありがとう。母も喜ぶよ」  レイナルドはベッドスプレッドに施された刺繍を擦る。  「あの時、起きてらっしゃったのですか?」  「うん。イザベラの蹴りくらいじゃどうってことない」  あれはどうってことある回し蹴りだったと思うのだが、二人は色々と超越したなにかを持っていることは確かなので、やはり余計なことは言うまい。  「どうして寝たフリを?」  「……君の人となりを知りたかったから。今まで僕に会いに来る人間はろくな奴がいなかったから……」  「では、私は合格だったのですか?」  「ご、合格なんてそんなもんじゃないよ!」  レイナルドは身を乗り出した。鼻先が触れそうな距離にルイーゼの心臓が跳ねる。  「こんなに美しい人が目の前にいきなり現れて、僕は心臓が口から飛び出るくらい驚いたのに、まさかその人が僕のことを求めてくれたなんて!」  (ん?)  しかし微妙な表情で首を傾げたルイーゼに、みなまで言うなと訳知り顔でレイナルドは続けた。  「わかってるよ。あんなにだらしない身体と極小極細の陰茎、しかもカッティングボードの上の魚のような愛の行為に対する姿勢……僕は君が可哀想でたまらなかった」  「あ、あの、殿下?」  「殿下なんて呼び方はやめて。僕は君に決めたんだから」  「なにをですか?」  「君を僕のお嫁さんにする」  「殿下、私はアルセニオ様の妻なのですが」  「じゃあ今すぐあいつを葬ってこよう。それなら問題無いだろう?このフォルメントスでは伴侶と死別後の再婚に関してはなんの制限もない」  「ぶ、物騒なことはどうかおやめ下さい!それに、わたくしの祖国の問題もあるのです」  もしもルイーゼが原因でアルセニオの身になにかあれば、ヴァレンティナはアヴィラスに駐留するフォルメントスの軍にすぐさま攻撃を命じるだろう。  「でもこのままだとアヴィラスはいずれフォルメントスに乗っ取られるよ」  「えっ……?」      
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