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 「おかしいと思わないかい?アヴィラスを脅かす蛮族の民とてそう何度も立て続けに襲撃してくる訳じゃない。定住の地を持たない彼らは一度大きな打撃を食らうと立て直すのにもかなりの時間を要するんだ。それなのにフォルメントス軍はアヴィラスに絶えず駐留を続けている」  「では殿下は、フォルメントス軍が表向きは軍事援助と見せかけて、本当は攻撃の時を待っていると仰るのですか?」  「レイナルド」  少しふてくされたような顔とぶっきらぼうな声が返ってくる。  「いい加減名前を呼んでくれない?僕はそう気が長い方じゃないんだけど」  「で、ですが……」  レイナルドは王子で、ルイーゼの義弟だ。それにさっき会ったばかりだし、友達とも言い難い。  「レイナルド殿下」  敬称をつけるのが妥当だろうと呼んでみたが、どうやら満足頂けなかったご様子。  それはルイーゼが子供の頃に可愛がっていた猫が、超絶不機嫌になった時の姿によく似ていてなんだか可愛らしい。    「では……レイナルド。これ以上は譲れません」  レイナルドはふんと鼻で息をする。なんとか納得してくれたようだ。  「さっきの話に戻るけど、その通りだよ。おおかたヴァレンティナ様が裏で手を引いてるんだろう」  「……アルセニオ様はこのことを?」  「知ってるはずだよ。あの愚兄はヴァレンティナ様の言いなりだしね」  「……許せない」  ぽつり、と本音が漏れた。  これまでの我慢は一体なんだったのだろう。  今夜レイナルドに会わなければ、ルイーゼは祖国が滅ぶまでその事実を知らずにいいように踊らされていただろう。さっきだってそうだ。気の進まない夜の奉仕も祖国のためと必死でこなしていたはずだ。  アルセニオもヴァレンティナも、これまでずっと祖国を想うルイーゼの気持ちを弄んでいた。どうしてここまでひどいことができるのだろう。一体アヴィラスがなにをしたと……  「僕なら君とアヴィラスを救ってあげられる。妻のために夫が頑張るのは当たり前のことだし」  いやだから妻ではない兄嫁なのだが通じる気がしないのでやはり言うまい。  「どうやって?恐れながら現状、レイナルド殿下にすんなりと従ってくれる勢力がいるとはとても思えません」  レイナルドは長い間表舞台から離れすぎている。ヴァレンティナとアルセニオに不満を持つ者がいたとしても、すぐには首を縦に振らないだろう。  「それは見てのお楽しみとしか言えないな」  「……どうしてそんなことまでしてくれるのですか?たった数時間前に会ったばかりの私に……」  下手をすればレイナルドは地位も自由も、それどころか命だって失うことになるかもしれない。そんな危険を冒す価値がルイーゼにあるなんて、役立たずと罵られてきた自分にはとても思えなかった。  「人の運命なんて一瞬で変わる。そして君は今日自分の手で運命を変えたんだ。僕の運命も、君自身の運命も」  答えになっているようでなっていない。  けれど目の前の青年の目は嘘を言っているようには見えない。  「私にもなにかお手伝いできることはありませんか?」  自分の祖国のことだ。レイナルドに頼るばかりではいけない。  するとレイナルドはそっとルイーゼの手に触れたかと思ったら、いきなり凄い力で握った。  「じゃあ約束して。もう二度とアルセニオと関係を持たないと」  (いぃぃ痛いし怖い!!)  獰猛な光を宿した青灰色の瞳がルイーゼを捉える。もう逃さないとでも言うように。  だがそれは一瞬のことで、次は上目遣いでおねだりするように囁いてきた。感情の振り幅が大きすぎやしないか。    「それと、頑張る僕に毎日ご褒美をちょうだい?」  「ご褒美?」  するとレイナルドははにかんで、再びルイーゼと鼻先が触れそうな距離まで近付いた。  吐息が唇に触れ、ルイーゼは咄嗟にレイナルドの口を両手で塞いだ。    「い、いけません」  「……どうして?」  「だって私はアルセニオ様の妻だから……ひゃあっ!」  レイナルドはルイーゼを見つめながら、自身の唇を塞ぐ手に舌を這わせた。  途端、甘い痺れがルイーゼの全身を駆け巡る。  レイナルドは両手で優しくルイーゼの手を自身の唇から外した。  「君はあいつを愛してるから結婚したの?望んでそのすべてを捧げたの?」  「それは……」  望んだ結婚じゃなかった。  でも他に選択肢なんてなかった。  そうしなければ多くの命が失われる。  自分さえ我慢すればそれで皆が幸せになれるんだと思ったから……。  「なら選んで。今、僕を選んで」  「レイナルドさま……んっ……!!」    腰に手を回され引かれたと思った瞬間、柔らかなものが唇に触れた。  ちゅ、ちゅ、と二度三度触れるだけの口づけを繰り返すと、次はつるんと滑らかで温かいものが唇を割り、ルイーゼの舌に触れた。  夫のいる身でこんなこといけないのはわかっている。けれどレイナルドの腕の中はとても心地良かった。  (……こんな長いの初めて……!)  どうやって息を継げばいいのだろう。   苦しくて、目の前に星が飛ぶ。    「大丈夫?」  レイナルドはゆっくりとルイーゼの身体を後ろに倒し、自身の身体を少しずらして上に重なった。  「ごめんね……僕は全部君が初めてだから夢中で……でも君は初めてじゃないんだよね……いいんだどうか謝らないで。僕はそんな小さなことを気にするような器の小さい男じゃない」  目の前にはまだ星が飛んでいたが、僅かに戻った視界の先に鬼のような形相が見えるのは気のせいであって欲しい。  太腿にあたるゴリゴリとしたものも同じく。  「これから毎日一つずつ君を幸せにして行くよ。だから一日の終わりには必ずご褒美をちょうだい?ね、ルイーゼ。僕の大切なお嫁さん……」  唇はもう一度、深く優しく塞がれた。    
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