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14
翌朝。疲労からか、それとも心から安らげたからなのか、ルイーゼはレイナルドのベッドで眠り続けた。
いつもと変わらず穏やかな時間の流れるローズ宮だったが、王宮は真逆の喧騒に包まれていた。
フォルメントス王族の正装に身を包み、謁見の間へと向かう青年は、第二王子レイナルドだという。
まるで陽の光が吸い込まれていくような、サラサラと透ける銀色の髪。中性的な面立ちに見える眉の形と優しげな目元だが、その真ん中に輝く青灰色の瞳は理知的で、人の心の奥底までを見透かすような鋭さがある。
突然現れた第二王子の顔を知る者は誰もおらず、王宮に勤める者たちの間には動揺と緊張が広がった。
しかし急ぎ国王ロドルフォの元に向かわせた使いの者は、突然現れた第二王子を名乗る青年の謁見を許可する旨を言付かって帰ってきた。まるで既に話が通っていたかのような対応の速さである。
端然たる姿勢で回廊を行くレイナルドの姿を、まるで見惚れるように人々は見守った。
*
「久しいな」
玉座に座る国王ロドルフォは、実に愉快そうな顔でレイナルドに声を掛けた。
親子としては、数年ぶりの対面である。
だがロドルフォは、レイナルドのこれまでの暮らしを気に掛ける風でもない。まるで目の前に現れた珍しい玩具をじっくりと吟味しているようだった。
「お前が私に会いに来るなどと、余程のことがあったのだろう。よい、話してみよ」
「第一王子妃ルイーゼを我が妻に」
レイナルドの発言は予想外どころか理解の範疇を超えた内容だったらしい。ロドルフォは眉を上げ、目を見開いた。
「兄嫁が欲しいだと?お前、正気か?」
「そうだ。そのために必要なら王太子の指名も」
「なんと!お前が王位を継ぐと言うのか」
これにはロドルフォも度肝を抜かれた。
政治の面において長男にはさほど期待もしていなかったロドルフォだが、二男はそれ以上に期待していなかった。
ただ、面白そうだとは思っていた。
どんなことにも興味を示さないこの男が、心を揺さぶられるなにかを見つけた時にどうなるのか。だから生かした。信頼できる護衛を置いて。
「別に構わないだろう。あんたが興味あるのはどっちが王位を継ぐかじゃない。どっちが勝つか。それだけだ」
「兄を殺すと言うのか?女のために」
「女ではない。ルイーゼだ。彼女が悲しむのなら殺しはしない。だが表舞台に上がろうなどと、二度と思えないくらいには叩きのめす」
これにロドルフォは大声を上げて笑った。
今現在レイナルドに味方する勢力はいない。彼自身がすべて遠ざけてしまったからだ。それなのに兄を追い落とすなどと、長い隠遁生活でついに気が狂ったか。
しかし今ロドルフォの目に映る息子は決して狂者ではない。
「女のために人生を懸けるか……やってみるがいい。お前にすべてを呑み込む力があることを示してみろ」
レイナルドは返事をせずに踵を返した。
「嫌なところばかり似るものだ……」
ロドルフォは息子の背中にかつての自分を見る。
無鉄砲でめちゃくちゃだったあの頃、ただ一つ欲しいものを手に入れるために、ロドルフォはすべてを呑み込んだ。
「見たかソフィア」
ロドルフォの呼び掛けに応えるように物陰から出てきたのは、透けるような銀色の髪の美しい女性。
微笑みながらロドルフォの側に歩み寄る。
「ふふ。陛下そっくりになりましたわね」
(馬鹿を言え)
そう言ってやりたいところだが、彼女は若かりし頃の自分を誰よりも近くで見ていただけになにも言えない。
「お前はいいのか?」
「なにがです?」
「息子を失うかもしれないぞ」
兄嫁を奪い、次期王位を欲するのだ。負けたら謝罪などでは済まされない。
しかしソフィアの笑顔に曇りはない。
「あの子の顔を見ましたか?とてもいい顔をしていました。ルイーゼ様とはそれは素晴らしい女性なのでしょうね」
ロドルフォが公の場に出さないせいで、ルイーゼとは面識のないソフィア。けれど息子の顔を見て色々と納得したようだ。
しかしそれはソフィアが息子とルイーゼの出会った経緯について詳しく知らないからだ。
まさか出会い頭に事故で唇を奪われて、しかも唇だけじゃなく心まで持っていかれたのがほんの一日前、いやまだ一日経ってないくらいだと知ったなら、母親としての意見も少し変わってくるだろう。
「男ですもの。やりたいようにやればいいわ。どうせ親の思う通りに子どもは育ってくれないのだから」
「まあ、どこまでやれるか見物だな」
「もう……あなたがそんなだから周りが皆歪んでしまうのよ。せめて私に向けてくれる気持ちの半分でいいから家族のことも見てあげて」
「なにを言う。すべてはお前を手に入れるために受け入れた縁だ。別に虐げた訳でもない。贅沢な生活だってさせているし、少々の横暴にだって目を瞑っている。これ以上はもう充分だろう」
乳母の娘だった幼馴染みのソフィア。
惚れて惚れて惚れ抜いて、彼女を側に置くためにロドルフォはありとあらゆることをやった。
愛のない結婚をして子を為し、唯一の存在を周囲に悟らせないために次々と浮名を流した。
だがたった一つの誤算はレイナルドだった。
ソフィアの腹に二人の愛の証が宿ったことで、状況は一変した。
今はソフィアの身を守るために一定の期間ずつ場所を移動させながら彼女を匿っているが、たまたま今日、二人の逢瀬の時とレイナルドの訪問が重なったという訳だった。
「あれが期待以上なら、今すぐ王位を譲ってやったっていい」
もう充分王としての責務は果たした。
次の世は余程の馬鹿じゃない限り安泰だろう。
「お前さえいればそれでいい」
甘えるように頭を預けてくるロドルフォをソフィアは困ったように笑いながら胸に抱いた。
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