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 レイナルドが王宮に向かって少し経った頃。  ルイーゼは心地良い微睡みの中にいた。お日様の匂いのするふかふかの寝具は軽くてとても温かい。  そして天蓋から垂れる目の細かい贅沢なレースは、眩しい朝日を程よい柔らかさに変えてくれる。  鳥のさえずりと、ほのかに漂ってくる美味しそうな匂い。ルイーゼのお腹がキュルル、と可愛い声を上げた。  (でももう少しだけこうしていたい……)    「ん?」    そこでルイーゼは急速に微睡みから覚めた。  「なんで!?」  天井には見慣れない天蓋。そしていつもルイーゼが寝ているものより格段に寝心地のいい寝台。  混乱したルイーゼだったが、手に触れたベッドスプレッドの刺繍を見て思い出した。  「そうだ……昨夜ここに戻って来て……あのまま眠ってしまったのね……大変!!」  きっと今頃ルイーゼの不在に気付いたアルセニオたちが大騒ぎしているはず。  しかもアルセニオは不審人物に手刀で沈められたのだ。  どうしよう、どうしたらいい?  (レイナルドさまと話をしなきゃ)  しかし“レイナルド”と心の中で名前を呼んだ瞬間、昨夜のキスを思い出したルイーゼの頬は火を噴いたように熱くなる。  (わ、私、キスしながら寝ちゃったの?)  身体がふわふわして、温かくてとてもいい気持ちだったのは覚えてる。  (お顔を見るのは少し恥ずかしいけど、とにかく会いに行かなくちゃ)  ルイーゼは起き上がり、急いで部屋を出た。  どこに行けば会えるのかわからなかったので、とりあえず宮に漂ういい匂いを辿って行くことにする。  食事もイザベラが作っていると言っていたし、きっとこの匂いの先に二人がいるだろう。  ルイーゼの読みは当たり、食堂らしき場所に着くとそこにはふんふんと鼻歌を歌いながら大鍋を掻き回すイザベラの姿が。  「イザベラさん!」  「あら、起きたの?今朝のメニューは厚切りベーコンに目玉焼き。パンはバターをたっぷり練り込んで、昨夜のうちに発酵させておいたからふっかふかよ~。それとこのじゃがいものポタージュができれば完成!もう少し待っててね」  確かにそれはすごく美味しそうだし是非ご相伴にあずかりたいところなのだが、今はそれどころではない。  「わ、私、無断外泊を!!どどど、どうしたら!?」  「落ち着いて。それはもう大丈夫なはずよ。はい、このお茶飲みなさい」  「え……?」  (大丈夫って、どういうこと?)  目の前の、素朴だが木目の美しいテーブルの上に置かれたのは湯気の立つカップ。  独特の芳ばしい香りは初めて嗅ぐものだ。異国のお茶だろうか。  イザベラに座るよう促されたので、ルイーゼは戸惑いながらもゆっくりと腰を下ろした。  「あ、あの、レイナルドさまはどちらですか!?」  「陛下に会いに行ったわよ」  「ええっ!?」  「だから無断外泊のことは心配しなくて大丈夫。それと、今日は大変な一日になるわ。だから朝はしっかり食べておかないとね」  まだじゅうじゅうと音を立てているベーコンと、黄身にほどよく火が通った目玉焼きが載った皿が置かれ、横にはふんわりとバターの匂いがするふかふかのパンも。  「はい、ポタージュもできたわよ。熱いからゆっくり食べなさい」  いつも使う冷たい銀の食器とは違う、温かみのあるテーブルセットとお揃いの木でできた食器。  本当はのんびり朝食なんて食べている場合ではないのだが、じっと見てくるイザベラの圧に負けた。  ポタージュを一匙すくって口に運ぶと身体の芯がじんわりと温まり、それが隅々まで広がって行くようだった。  「あらあら……アンタ、今まで相当我慢してたのね」  「あ……」  イザベラの言葉でルイーゼは自分が泣いていることに気付く。頬に触れると涙が太い筋を作っていた。  「すみません私……こんな……」  「いいのよ。人ってね、我慢をしすぎると我慢してることすらわからなくなるの。アンタの場合は自分のためじゃなく、人のための我慢だったからこんなになるまで頑張っちゃったのよね。誰も見てないからたくさん泣きなさい。自分のために泣くこと……それが一番自分を癒やしてくれるわ」  「イザベラさん……」  まだ知り合って数時間だというのに、六年共に暮らした夫よりも、ルイーゼのことを気遣ってくれるレイナルドやイザベラの方がよほど家族のようだ。  (食べなきゃ。力をつけて、戦うんだ!)  流れる涙をそのままに、ルイーゼはしっかりとスプーンを握り締め、ポタージュを口に運んだのだった。          
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