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 ルイーゼは、自分を嘲笑うことに懸命になっているカミラたちの目を盗み、こっそりと会場を抜け出した。  どこにも行くあてなんてなかったが、目の前に広がる王宮の庭園をとにかくひた走った。  綺麗に刈り揃えられた青臭い芝の匂いは、思い出したくもないアルセニオとの悲しい情事を思い出させる。  思い返せばフォルメントスに来てからの六年は、ルイーゼにとってただただ辛いばかりの日々だった。  十八で嫁いで来たルイーゼに、ひとつ年上のアルセニオは最初こそ色々と世話を焼き、とても優しく接してくれた。  しかしそれも長くは続かなかった。男慣れしていない初心なルイーゼが、彼の寵愛欲しさに群がる手練手管を(ろう)する女たちに比べて物珍しかっただけなのだ。ルイーゼは王宮内で開かれる夜会を経験するやいなや、そのことにすぐ気付かされることとなる。  魅惑的な化粧を施した女性たちが、隣に立つルイーゼなどまるで存在しないかのように、アルセニオに身体を寄せて甘い言葉を囁いて行く。  邪険にせず、微笑を浮かべて対応するアルセニオを大人だと思って胸がときめいたこともあった。しかし彼は大人な訳でもなんでもなく、ただ単に喜んでいただけだったのだ。  そして飽き性な彼はルイーゼに対し悪態をつくようになって行く。“可愛い”と言ってくれた閨での反応も“つまらない”に変わり、最中に溜め息までつかれるようになった。  見た目が気に入らないとか、生理的に受け付けないタイプだとかいうのならルイーゼだって理解できたはずだ。  だが性戯の拙さを理由に妻を虐げるなんて理解できる訳がない。  せめて、数少ない彼との交わりの中で子供ができていればよかったのに。  そうすればきっとここまでルイーゼが冷遇されることはなかった。  (……ううん、それは違うわね)  きっと子供が生まれていたとしても夫とその母親の態度は冷たいことに変わりはないのだろう。  けれど、あの嫌味な女、カミラにあそこまで侮辱されることはなかったかもしれない。  「痛っ……!!」  がむしゃらに走った足が縺れ、ルイーゼは勢いよく芝の上に倒れ込んでしまった。  慌てて前に出した腕が擦れてヒリヒリと痛む。  「……あれ……?」  こんな場所、王宮内にあっただろうか。  鬱蒼とした木々が四方から生え、まるでなにかを取り囲むよう。  (明かり?)  立ち並ぶ木々の隙間からうっすらと光のようなものが見える。  よく見ると、奥へ向かって人一人は通れそうな道が開けていた。  (なんなの……ここ)  昼間でも薄気味悪そうだと想像に難くないその様子に、ルイーゼは今来た道を引き返そうかどうしようか、しばらくの間逡巡した。  結果、恐怖心よりも今はすべてから逃げたい気持ちの方が勝った。  (怖くないわ……ヴァレンティナ様やカミラ嬢の方がよっぽど化け物なんだから!)  ルイーゼは立ち上がり、拳をぎゅっと握りしめた。  「行くわよ……!」  ルイーゼは覚悟を決めて前へと踏み出した。
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