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 目的の場所までさほど時間はかからなかった。十メートルほど歩いた時だっただろうか。急に視界が開けたと思ったら、なんと目の前に美しい宮殿が現れたのだ。  「ここは……?」  宮殿はこじんまりとはしているが、王や王妃、そしてアルセニオとルイーゼの宮に勝るとも劣らない豪華な造りだ。  回廊に立つ薔薇色の大理石で作られた列柱は、一つ一つに美しい彫刻が施されており、手入れも行き届いているようでこんな闇夜でも艶々と輝くよう。  (この宮の主はきっと女性ね)  建物の色使いなどからなんとなくそう感じた。    「あの……誰かいませんか……?」  恐る恐る宮殿の奥に向かって声を発してみるが返事は返ってこない。というより人の気配がまったくしない。  しかし明かりは灯されているし、誰かがここで暮らしているのは間違いない。  ルイーゼは悪いと思いながらも回廊を進んで行った。    突き当たりにある両開きの大きな扉が少しだけ開いていて、そこから薄明かりが漏れている。  勝手に入るのはどうかと思ったが、既に不法侵入してしまったし、誰か見つけないことにはこの建物の正体もわからない。  ルイーゼは思い切って扉を開け、部屋の中に足を踏み入れた。  「うわぁ……!」  驚きのあまり、思わず声が出た。  目の中に飛び込んできたのは膨大な量の本。  部屋の壁面はすべて本棚になっていて、それでも足りないのか床の上に直に積み上げられている本まである。  足の踏み場はあるものの、積み上げられた本に少しでもぶつかろうものなら崩れて大事故だ。  (気をつけなきゃ)  どの本の装丁もとても豪奢だ。お値段も相当だろう。  身を縮めながらルイーゼは奥へと進んだ。  ただでさえ薄暗い室内に、山のように積まれた本が影を作るから更に暗い。  「きゃっ!」  しまった!そう思った時には既に身体は落下を始めていた。さっきも転んだばかりなのに今日はとんでもない厄日だ。  しかし積まれた本にぶつかった割にはつま先が痛くなかった。  「うぐっっ!」  「え?」  てっきり床の上に落ちると思っていたルイーゼは、次の瞬間我が身に起きた出来事を正確に把握するのに少しの時間を要した。  なんと、落下した先は床ではなく、人の上。しかも男の上だった。  どうやら男は床の上で寝転がっていたらしい。だがそんなことはどうでもいい。  ルイーゼの身には今大問題が起きていた。  自分の下敷きにしてしまった男の唇に、ちょうど互い違いにルイーゼのそれが、かなり深めに重なってしまったのだ。  「ごっ、ごめんなさい!」  謝りながら慌てて半身を起こし袖口で口を拭うと、ルイーゼはすぐに仰向けに寝ている男の顔を見た。  (大変!顔が無いわ!)  よく見ると男は、おそらく何年も手入れすらしていないのだろう生えっぱなしでボサボサの髪をしていて、顔の上半分が覆われていた。  しかし男は仰向けになったまま、返事を返すどころかピクリとも動かない。  まさか気を失ってしまったのだろうか。ルイーゼは突如激しい動悸に襲われ、とにかく男の無事を確認しようと彼の額にかかる髪の毛を優しく手で横に流した。  「ひいっっ!!」  ギョロリ、と大きく開かれた目がルイーゼを捉えた。  あまりの恐ろしさに悲鳴を上げたルイーゼだったが、男の顔を見るなり今度は自分の目を見開いたのだ。  「……えっ……ロドルフォ国王陛下……?」  
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