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 イザベラはルイーゼを見送ったあと、夕食を食べていないレイナルドのために、あらかじめ用意しておいた食事を部屋まで運んだ。  寝室に入ると、まだ寝ているかと思っていたレイナルドは目を覚ましていて、ベッドから出て立ち上がり、なにか考え事をしているようだった。  「あら、起きてたの。ちょうどよかったわ。今日はカブのクリーム煮よ。腸詰めもたくさん入れておいたから美味しいわよ」  「いらない。出掛けてくる」  「は?」  「僕のお嫁さんを守らなければ」  「なに言ってんのあんた!?」  しかしレイナルドはなにも答えず、壁に掛けてあった剣を手にした。  「朝には戻る」  「ちょ、ちょっと!」  しかしレイナルドは素早い動作で立ち塞がろうとするイザベラの横をすり抜け、あっという間に部屋から出て行ってしまった。  取り残されたイザベラは、皿から立ち上る湯気を見ながら溜め息をつく。  「……ほんとに困った子。誰も殺すんじゃないわよ……」  *  レイナルドの宮から帰る道すがら、ルイーゼは戻ったあとのことを考えて暗い気持ちになっていた。  きっとアルセニオはカミラと共に夜を過ごすはずだ。夜会の日は必ずと言っていいほど王宮の貴賓室にカミラを泊まらせる。  こんな遅くなってはもう風呂は用意して貰えないだろう。それどころか着替えも用意されていないかもしれない。  ルイーゼの姿が見えなくて心配してくれる人なんてこの国にはどこにもいない。  淋しい。けれどその気持ちを押し殺さなければ、こんなところでは生きていけない。  (レイナルド殿下の宮は、なんだかとても温かだったな……)  人で賑わっていた訳でも、温度管理が行き届いている訳でもない。だが、宮全体から人を包み込むような温かいものが溢れ出ていた。  きっと彼の母親が作り上げた空間なのだ。  (だからレイナルド殿下はずっとあそこにいるのね)  自分の方がずっと安全で自由があるのにも関わらず、なんだかとてもレイナルドが羨ましく思えた。  宮に帰ると部屋は真っ暗で、思った通りなんの支度もされていなかった。  それどころか人気もない。おおかた半分はアルセニオとカミラの閨の支度に駆り出され、もう半分はサボりだろう。  ルイーゼのために働きたい者など誰もいない。夫から冷遇される妃についたって、将来自分たちになんの旨みもないからだ。  仕方なくルイーゼは一人でドレスを脱ぎ、クローゼットから出した夜着に着替えた。  (お風呂は明日の朝用意してもらおう)  そして寝台へ入ろうとした時だった。  無遠慮に扉の開く音がしたと思ったら、寝室に入ってきたのは夫アルセニオだった。  「やあルイーゼ、どこに行ってたんだ」  その足取りと真っ赤な顔を見る限り、随分と酔っているようだ。  「アルセニオ様こそどうしてこちらに?」  「夫が寝室にきて悪いのか」  「いえ、そういう訳では……」  アルセニオは、ゆっくりと寝台の側に佇むルイーゼのところまでやってきて、その手を乱暴に掴んだ。  「喜べ。今夜はお前の相手をしてやる」  「えっ?」  「なんだその顔は。ここのところお前を構ってやってなかったからな。どうだ、嬉しいだろう」  嬉しいかと聞かれても、ルイーゼにはわからなかった。  これまではアヴィラスの王女として祖国のために、そしてアルセニオの妻となってからはそれに加えフォルメントスの未来のためにと、自分の役割を果たすことばかり考えてきたからだ。  政略結婚なんて大概がそんなもので、愛情なんて期待するだけ無駄だと知ってからは、なにもかも考えることはやめてしまった。  (そうよ。考えちゃだめ。私は与えられた役割を果たさなければ……)  でもなんでよりにもよって今日なのだろう。  今夜は優しい気持ちのまま眠れそうな気がしたのに。  アルセニオは寝台に寝転ぶとガウンの腰紐を解いた。  「ほら、早くしろよ」  そして嘲るような微笑みをルイーゼに向けたのだ。    
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