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“早くしろよ”
そう言われ、ルイーゼは久し振りに夫の分身と向き合った。
(……あれ?)
「そんな舐め回すように見るとは、はしたない女だな」
ルイーゼの視線に気付き、アルセニオは気分が良さそうだ。しかし違う。ルイーゼは確かに舐め回すようには見ていたが、ある事実に気づき混乱していたのだ。
(ちょっと……レイナルド殿下のと比べると……小さくない?)
まさか二人の殿方のものを見比べる日が来るなんて思いもしなかったルイーゼだが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
大蛇のようだと思ったレイナルドの分身に比べると、アルセニオの分身は
(ミ、ミミズ?)
実際はミミズとまではいかないが、アルセニオの分身は大人の男性の親指程だろうか。
(で、でもアルセニオ様のは標準なのよね?だってもう成熟した大人の男性だし……)
恐る恐る手を伸ばそうとしたその時、ルイーゼの身体に凄まじい悪寒が走る。
(なに!?)
驚いて咄嗟に手を引っ込めたルイーゼは、なにかの気配を感じ辺りを見回した。
(!!)
すると、バルコニーへ続く大窓の外にそれはいた。
ボサボサの髪の隙間から血走った青灰色の瞳をこちらに向けているのは間違いない。さっき別れたばかりのレイナルドだった。
「ひいぃっ!!」
「なんだ?まだなにもしてないうちに声なんて上げて。久しぶりだから興奮してるのか?」
興奮といえば興奮の類に入るのだろうか。ルイーゼの心拍は、危ないリズムを刻み出している。
「ア、アルセニオ様!少しお待ち下さいませ」
とにかくカーテンをきちんと閉めよう。
ルイーゼは寝台から飛び降り、急ぎ窓辺に駆け寄った。
瞬きもせずルイーゼを凝視するレイナルド。
自宮に引きこもって長い彼が一体なぜこんなところにいるのか。しかもなんで目蓋全開なのか。なにもかもがわからないしとにかく怖い。
(お願いだからどうか帰って)
目を潤ませ、懇願するようにレイナルドを見ると、なぜかレイナルドは“わかった”というように頷いたのだ。
(え?)
すると勢いよく大窓が開いた。
今度は声も出なかった。だってこの大窓はとても重いのだ。それをレイナルドはいとも簡単に、しかも片手で開けてしまった。
窓が激しい音と共に開いた瞬間、アルセニオも驚いて飛び起きた。
「なんだ!?うぐっ!!」
だがしかし、アルセニオの身体は再び寝台へと沈んだ。
レイナルドが手刀で気絶させたのだ。
そしてレイナルドは戻って来るとルイーゼを両手で抱き上げた。
「えっ!?」
「しっかり掴まって口を閉じていて。でないと舌を噛んでしまうから」
レイナルドはそれだけ言うと、ルイーゼを抱いたままバルコニーへ飛び出した。
「ま、待って!」
(まさか飛び降りるの!?)
しかしルイーゼが思うよりも身体が浮く方が早かった。叫ぶ暇もなく、ただ必死でレイナルドにしがみついた。
「もう大丈夫だから」
ルイーゼを抱く腕に力がこもった。
てっきり走らされると思っていたが、レイナルドはルイーゼを腕に抱いたまま庭園を駆けた。
あんなに青白い顔のどこにこんな力が隠されていたのだろう。けれどこんなにも力強く、そして大切なものを守るように身体を抱かれたのは両親以外では初めてだ。
いつの間にか深い安堵を覚えていたことにルイーゼが気付いたのは、再び彼の宮に戻ってきた後だった……
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