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少しすると鹿が寄ってくる。
僕の鼓動のリズムが変わる前に、鹿は僕に聞いてきた。
「あの、さっきから見ていましたが、どうして人間と喋りたいんですか?」
初めて向こうから質問されたので、僕は少し気を良くする。この鹿は逃げようとはしていない。先程の馬とのやり取りで、僕に敵意が無いことを知っているようだ。
「人間を食べてみたいからですよ」
僕は正直に答えた。
すると鹿は聞いてくる。
「いや、別に喋れなくても、黙って食べれば済むのでは?」
僕は答える。
「いや、人間を食べようと思うと、人里に出ていく必要があるでしょう?」
「まぁ、そうですね……」
「そうなると、やっぱり人間の言葉がわかったほうが便利じゃないですか。駆除隊とか呼ばれても察知できますし」
本当はそれだけでもないのだが、少し恥ずかしいのでそう誤魔化した。
「……いや、うん、どうなんでしょうね、私は人間を食べに人里へ行ったことがないので何とも言えませんが」
「食事に行くだけで射殺されるなんて、僕は納得がいかない。人間だって美味しいご飯のために出掛けたりするのに、何故僕は許されないのか」
「あ、でも最近、麓の村、廃村になりましたよ。誰もいません」
……マジか。
まさか僕が冬眠している間に、そんなことになっていようとは。
僕は驚いたが、立て直す。
「であれば、電車に乗って街まで行けばいいわけです。そうなるとやっぱり、人と話せないと。切符も買えません」
「あ、最寄りの駅も潰れましたよ」
……なんてことだ。
さすがに山を越えて街まで歩くのは、しんどい。
頑張った挙げ句に射殺のリスクも孕むのであれば、もうわけがわからない。
であれば、どうしようもないのかもしれなかった。
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