人里、あるいは山奥から麓まで

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「いや、でもですよ。僕は食べるつもりは無いって言ったんですよ、酷くないですか?」  思い返すと、また腹が立ってきた。 「まぁ、どこまで信じていいのか、わかりませんからね。食べられたら死ぬわけで、そう考えると馬の気持ちもわかるでしょう? 仕方ないと思って収めてください」  しかし僕は納得いかない。 「それは食べられる側の理屈です。食べる側としたら、ただの食事なわけですから、というか僕だって食べないと死ぬわけですから、別に食べるなんて普通ですよね? それこそ仕方がない」  すると鹿は饒舌に返す。 「それこそ食べる側の理屈です。あなたにとってはただの食事でも、食べられる側はそれで終わるわけです。それが嫌だから逃げる」  僕は腹が立つ。 「であれば、僕は食べちゃいけないんですか、何も? あなただって草や木の実を食べるでしょう? 植物が生きていないなんて、言わせませんよ」 「そうですね、私も同じです。生きるために食べます。だからこそ、感謝して食べるのです。あなたもただ食べるのではなく、感謝を忘れないようにしてください」  ……感謝。  僕は頭の中で反芻(はんすう)する。  ――そんなことは当たり前だ。  別に僕は感謝せずに食べているわけじゃない。  そんなわかりきったことを、何故偉そうにこの鹿は語るのか。  僕は別にそんな当たり前のことを問答したいわけでは無いのだ。 「そんなことは当たり前です」  なので僕はそう答えた。  鹿は黙って続きを待っている。 「だからこそ、人間の言葉を知りたいんです」 「と、言うと?」 「ありがとう、って、どう伝えればいいのか」  僕は少し恥ずかしかったが、本心からそう答えた。
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