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「ばいばい」
私はあなたに手を振る。ばいばい。もしも、あなたの全てがあなたと過ごした日々の全てが嘘で塗り固められていたとしても、それでも私にとってそれはとても暖かく幸せなものだった。
﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢
ピーッ、ピーッ。
私は目を開けて、目覚まし時計を見る。その時計は、いつもと変わらず止まったままだ。あの日から、時計が動き出したことは一度もない。私と一緒にあの時から時間は止まったままだ。全てわかっていた。全てを理解していた。でも、何も受け入れたくはなかった。認めたくはなかった。毎晩のように_私が学校に行かなくなったあの日から、ずっと見続けているあの夢の意味も昨日聞こえたあの声の正体も本当はわかっていたんだ。きっと全てを終わらせる時がきたのだろう。
「...行こう」
震える手で私は部屋のドアに手をかける。そして部屋の外へ出て階段を降り、一階へと行く。
「おはよう」
「おはよう、今朝は早いのね」
私の顔を見て、あの人は驚いたように言う。今朝は珍しく早起きだったので、その人も読んでいた新聞紙から顔を上げてこちらを見ている。
「そうだな。だが、今日だけ早くても意味がないだろう」
「あなた、そういうことは言わないの」
あの人は横にいるその人をそう言って窘めるが、その人はふんと鼻を鳴らしてまた新聞を読み始める。
「今日はね、二人に話があるの」
目を閉じて思い出す。大切だったあなたのことを___。
「いらない、いらない」
「...ねえ」
いらない、という言葉を繰り返し、ぶつぶつと呟きながら、記憶の中のあなたは部屋にあるものを片っ端から捨てていく。私が声をかけてみてもまるで聞こえていないかのように、何の反応も返ってはこなかった。
「いらない...これもいらないわ」
「ねえ」
先程よりも少しだけ大きな声で呼びかけてみるが、やはり反応らしいものは返ってこない。悲しくて寂しくて私は服の裾をぎゅっと握りしめる。
「あー...あれもいらないわね」
「ねえ!」
「...え?」
先程よりも少しだけ大きな声を出すつもりだったが、物がなくなってきた部屋にその声は予想以上に響いた。その声にやっと聞こえたというように反応を示し、こちらを振り返る。だが、振り返ったその表情は私の知るものとは大きくかけ離れていた。
「あ......」
「そうだ、忘れてた」
___あなたももういらないわ。
「___ぶ、大丈夫?」
「ひっ...近づかないで」
心配そうに伸ばされた手を私は条件反射で振り払う。嫌なものまで思い出してしまった。
(そういえば、あの日も日曜日だったな...)
月は私、火は日々、水は痛み、木は思い出、金は空、土は全て。ならば、日は一体何だったのだろうか?昔、見た何かの記憶。あなたとの思い出の一つ。最後に見たあの人の表情は笑っていた。それが、私たちの最期になってしまった。
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