妻は夫と仲良くなりたい

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「いやー本当おいしかったよ!ありがとうかほりちゃん。」 「はい。新天地でも頑張ってくださいね。」 佐藤くんは、来月転勤が決まっている。 これを機にこれからも遊びに来てもらいたかったけどしょうがない。 むしろ行ってしまう前に会えて良かった。 「ん、ありがとう。」   最後にワインを結構な量飲んでしまったからか、佐藤くんは結構酔っ払っている様だった。 少し足取りが怪しい。 「圭一さん、下まで送ってあげて。 タクシーもそろそろだと思う。」 「そうだな。」 「すまん、ケイ。かほりちゃん、ちょっと旦那さん借りるわ。」 「はい、お気をつけて。」 少し圭一さんに支えられる様にして、佐藤くんは出て行った。 扉が閉まる。 私はほっと息を吐いて、大きく伸びをした。 結婚して初めての来客。 きっと満足していただけたのではないか。 いや、それ以上に私が大満足だったのだけど。 (まさかあの人があんなに私に感謝してくれていたなんて…) テーブルの片付けをしながら、何度もあの話を反芻する。にやにやしながら作業していると、佐藤くんが座っていた所に、スマホが置かれていた。 「これはまずい!」 私は慌てて二人の元に向かう。 どうにか間に合ってと願いながら、エレベーターで下まで降りた。 エントランスに出ると、幸いタクシーは来ていない様だった。 二人の背中が見える。声をかけようとした時、とんでもない話が聞こえた。 「お前から最初、出世のために結婚するって聞いて驚いたけど、うまくやってんじゃねえか。」 (……え?) この声は間違いなく佐藤くんの声。 という事は、その相手は圭一さんという訳で。 さっきまでの最高潮に達していた幸せな気持ちが、一気にガラガラと崩れ落ちる。 と同時に、なんだか色々腑に落ちた。 どうりで半年も私に触れてくれない訳だ。 だって私は、ただの出世のための踏み台だったんだから。 頭が真っ白になって、今にも倒れそう。 体がどんどん冷えていく感じがした。 「…もうその話は良してくれ。 あの時の俺はどうかしてた。」 「本当だよ。お前、大切にしてやれよ。 あんな良い子他にはいな」 「佐藤くーーん!スマホ忘れてたよー!」 「ええ!?」 慌ててスーツのポケットなどを触る佐藤くんに、はい、これ、とスマホを渡す。 「わー危なかったー!ごめん、かほりちゃん!」 「いいえ!間に合って良かったです。」 圭一さんの顔が見れない。今見たら、きっと泣いてしまう。 「タクシー来たぞ。」 フロントライトが私達を照らす。 佐藤くんはそれに乗り込むと、じゃ、お幸せに〜とご機嫌に手を振って帰っていた。 「さ、行こう。今日は俺が片付けるよ。」 「………。」 「いっぱいもてなしてくれてありがとう。 佐藤もかなり君の事を褒めていた。」 「………。」 「かほり…?」 1ヶ月に何回かしか聞けない、私の名を呼ぶ声。 いつもなら嬉しいのに、今はさらに胸を締め付けられた。 「どうし…っ!どうした!何で泣いてるんだ!?」 やっぱり我慢なんかできなかった。 苦しい、苦しい、胸が苦しい。 ここ最近、楽しすぎて、もしかして彼は私を愛しているのではないかと思っていた。 でも、あくまで私と結婚してくれたのは、出世のため。よく考えたら当たり前だ。 圭一さんと結婚できる事に浮かれすぎて、少しでも私に好意を持ってくれていたから結婚してくれたんだと思っていた。とんでもないお花畑な頭。 そして今も触れてくれないのは、罪悪感から? 最近仲良くしていたのは、ただの気まぐれ? その気まぐれのおかげで、私はもっともっとあなたの事を好きになってしまったのに。 分からない。分かりたくもない。 とうとう立っていられなくて、その場に座り込んだ。 「かほり、どうした?」 訳もわからず私の背中をさする圭一さんの手が暖かい。 「圭一さんは…出世のために、私、と結婚したの…?」 言いたくもない言葉。 けれど聞かずにはいられない。 否定して、そんな訳ないって。お願い。 けれど、彼は否定する訳でも肯定する訳でもなく、ぴたりと動きが止まり、なんとも言えない表情をしていた。 ああ、やっぱりそうなんだ。 佐藤くんが言っていた事は事実なんだ。 静かに確信して、ゆらりと立ち上がる。 「かほり…さっきの話を聞いて」 「…行こう。 ここだと目立つし…部屋、戻ろう。」 彼の手をどかして一人で歩く。 私は一体、どうすればいいんだろう。 私達は、これからどうすればいいんだろう。 「かほり…かほり!」 部屋に入るなり、私は無言でリビングへと向かう。 彼が焦った様に私の名を呼ぶけど、振り向きたくなかった。 だって、彼とどう向き合えばいいのか分からない。 「かほり!待って!」 彼が私の手を取った。 その瞬間、一気に頭に血が上って、無意識にその手を振り払った。 ハッとして彼の顔を見る。 「どうしてそんな顔するの…?」 泣きたいのはこっちの方なのに。 今まで見たことのない彼の悲しい表情に、意味が分からなかった。 「かほり…ごめん」 ”ごめん”、一番聞きたくなかった言葉だ。 「なんの…ごめん?」 「………」 彼が黙って俯く。 私を出世の材料にした事? 本当の事を言えずに浮かれさせてしまった事? それとも、まだ言えない事でもあるの? 自分で考えて悲しくなる。 せっかく止まっていた涙は、また堰を切ったように流れ出した。 両手で顔を覆い、静かに泣く。 本当は泣き叫んで暴れたかった。 「かほり、今俺が何を言っても信じられないと思う。 でもこれだけは言いたい。俺は君を愛してる」 思わず体がぴくりと反応する。 反応してしまう自分が、憎い。 「本当に愛しているんだ、かほり。 俺に、もう一度、チャンスをくれ」 切実な声色に、頭がぐちゃぐちゃになる。 そんなに愛してくれているのなら、私に触れて欲しかった。 そうやって甘い言葉で、私を繋ぎ止めようとしているだけなんじゃないの? 「…今は、混乱してて…ちょっと、時間が欲しい…」 「…分かった。とりあえず、君は休んだ方がいい。 後片付けは、俺がやっておくから」 そう言って、彼は私を支える様に肩を抱くと、私の部屋まで誘導し、ベッドに座らせた。 「もし、少しでも俺の思いを信じる事が出来たら、教えてほしい。その時に、全部話すから。 いくらでも、待つから」 私は頷きも首も振る事もしなかった。 ただ、俯いたまま。 扉がパタンと閉まる。 そこからまた私は泣いた。声をあげて泣いた。 彼にも聞こえているだろう。むしろ聞かせてやりたかった。 私がどれだけあなたに愛してもらいたかったか。 今まで努力してきた事も、全部無駄だった。 そもそも最初から無理だったのだ。 そんな事にも気付けないなんて、やっぱり私は世間知らずなお嬢様。完全な独りよがり。 それでも彼を信じたい気持ちはあった。 最初はそうだったとしても、少しずつ私を愛してくれていたと。だから、ああ言ってくれたのだと。 じゃないとここ数日の彼の行動と、佐藤くんが教えてくれた話の辻褄が合わない。 あれが演技だなんて到底思えない。 でも何かが許せなくて、不安で、本質を見抜けなかった自分が情けなくて、とにかくぐちゃぐちゃだった。
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